Fragments 3
11月に入って、例年より早く雨期に入ってしまったようだ。
次の赴任先が決まった。Charlville(チャーラビル)というところ、ブリスベンから西へ800kmほど西に入った酪農と羊毛の街である。人口は7000程度。規模の小さな街なので、今度は高校一校だけではなく、小学校とSchool
of Distance Education(遠距離教育の学校)と三校を回ることになる。出来れば一校だけの環境が良かったが、小学校での教育も見られるし、電話、無線を利用した授業というのも興味深い。いわゆるフライングドクターとかそのたぐいの学校だ。クイーンズランドもほんの一部しか知らないが、さらにその広さを思い知らされることだろう。実際、このホイットサンデーには半年以上いたため、ちょっとここを離れるのは、いろいろな意味で寂しいけれど、年度も替わるところだし、きっとちょうど良い機会なのだろう。といっても、とりあえず、引っ越しはたいへんそうである。何たって、2000km移動しなくてはならない。
メルボルンカップの日、11月の第2週の火曜日が、この日にあたる。メルボルンのあるヴィクトリア州では、祝日になっていているくらい。もちろん他の州でも特別な日には違いない。ぼくの学校でもレースの時間が近くなると、授業中にもかかわらず生徒が落ち着かなくなりテレビを見せろと騒ぎ出す。放課後すぐに学校近くの教員の家でパーティーが始まった。
このパーティーでは、みんながそれぞれ料理を持ちより、ビールを飲みながら談笑する。裏庭では子供達が遊び回っている。みんなが正装して、パーティーを行うこともあるらしい。
僕らのところでは、自家製ビールの品評会などをして楽しんだ。15種類のビールを飲まなくてはならなかったのでちょっと大変だった。
たかだか競馬に過ぎないのだが、結構盛り上がっていた。
パーティーだけでは飲み足りなかったようで、そのあとみんなで、エアリービーチに出かけていった。いつものことだが、ビーチは結構な盛り上がり。ちょうど、この日が12年生の最後の登校日だったこともあり、ビーチではたくさんの生徒を見かけた。中にはバーにそのまま入ってくる生徒もいたりして、ちょっとびっくり、先生もそれを見ても何も言わないし。しかし、店の人は若すぎると気づいたようで、入れろ入れないの押し問答。最後には警察の登場も。結構しらふだったぼくは、一人ではらはらしてしまった。
ともあれ、オーストラリアのビッグ・デイの一つに違いないのである。
(Tuesday 07/11/00)
いつの間にか、11月になっていた。オーストラリアにいるのもあと5ヶ月を切ってしまった。4月の頃に比べると、新鮮みがなくなってきた部分がないわけではないが(当然といえば当然)、その分自分の中に知らず知らずのうちに蓄積された変化というものが存在しているのだろう。これは今のところ自分ではなかなか分からない。3月に日本に帰ってみて初めて、まるで冬眠からさめた熊が、暗い穴蔵からでてきて、いきなり目の前に鏡をおかれて、自分の姿に驚愕するように、自分の変化を実感するのだろう。
この間マイケルにも、「帰ってからが大変だよ」と言われたばっかりだ。
12月を以て、このプロサパインは終わりで、このあと他の学校に移ることになった。できれば一年いたかったのだが、他の学校を見てみるというのも良い経験だろう。やはり一校しか知らないとオーストラリアの学校について、すごく偏ったイメージが着いてしまいそうだ。先日、松原先生と話したが、同じ公立高校でもずいぶん仕組みや様子が違う。田舎の学校だけに、プロサパインは結構落ち着いているようだ。都市部の学校は、私立も強いらしく、公立はかなり落ち着かないらしい。
全体としてみると、オーストラリアは、僕にとって非常に暮らしやすい。来年の日本の夏休みにもう一度、ボランティアとしてプロサパインで働きたいなと思っている。
(Sunday 05/11/00)
今日の授業は辛かった。授業の前に、マイケルが、12年生のキャサリンに、日本語の成績のことを伝えた。彼女は、学校の生徒会長、先日のファッションショーでも、見事にコーディネータをつとめ、火曜日のアワードナイト(成績優秀者の表彰)でも、最優秀生徒の賞を受けたり、と、実力もプライドもあるすばらしい生徒なのである。本人は卒業後、メルボルンの医大を目指しており、その準備も余念がない。しかし、以前にも書いたように、彼女の成績が、教育委員会の判断で、かなり下げられてしまった。全州的なレベルで見ると、我々が出した成績は高すぎるという判断だったのだ。
伝えたあとの彼女は、もういつもとは全くちがい、マイケルに大きく反論したかと思うと、突然落ち込み、挙げ句の果てに、泣き出してしまった。もうこうなると手がつけられない。それはそれ、授業はまた別なんだから、しっかりやりなさいといっても、そんな言葉は、全く届かないほど、酷い落ち込みようだ。僕は情けないことだが、何にもできずただ見守るだけ。
辛く重苦しい時間は遅々として全く進まない。げー。
こんなに辛い1時間というのはなかった。
僕には、ちょっと荷の重すぎる出来事であった。
(Wednesday 25/10/00)
またやってしまった。去年の6月に引き続き、今度は左足。昨年以来気をつけていたのだが、ちょっと今回は、ウオーミングアップが足りなかったらしい。月曜日の夜。タッチフットをしていると、突然、左足ふくらはぎに、石をぶつけられたような感覚とともに、ピシッと言う音。2度目なので、すぐに分かったが、そのあと立てず、チームメートに支えられそのまま退場。何とか、車を運転し、家に帰る。外国での怪我は不安なので気をつけていたが、とうとう起こってしまった。幸い昨年ほどは酷くなかったようで、何とか歩けるし、車も運転できる。(クラッチが踏める)翌日、マイケルに同乗を頼まれたので、一緒に学校に行く途中、病院で松葉杖をかりる。松葉杖での登場は、かなりショッキングだったようで、みんなに同情されるやら、説明をもとめられるやら、ちなみに、筋断絶(肉離れの酷いの)、英語では、have
a torn muscle というらしい、英語ついでにも一つ、松葉杖のことをcrutchesという、ちょっと落ち着いたところで、「どうやって来た?」「車で」というと、「その足で運転できるの?マニュアルでしょ。あ、そうか、crutch
on clutchね」とケリーがいうと、職員室中大笑い。しかたがないので、僕もつられて笑ってしまった(怒)。幸いなことに、今回は、ギブスをせずに済んだ。なんだかんだで、去年も、何とか学校いってたからな。と去年の写真を見ながら思い出す。
(Tuesday 24/10/00)
教育委員会から、先日提出した12年生の成績について回答が来た。結果は、上位の生徒2名が、われわれの出した成績よりもかなり低いものだった。これについて、職員室では大もめで、マイケルは早速教頭に呼び出され、事情の説明と今後の対策を検討。これには様々な理由があると思われるが、試験問題の作成の仕方、評価の仕方に問題があったと考えざるを得ない。(もちろん授業の仕方、生徒の学習態度なども大きな問題だが)、しかし、これはなかなか難しい問題である。QLD全州で統一の評価ということが目的であるが、なかなか内情を熟知していないと、この対策は難しい。正直言って、僕はこの観点を全く考えていなかった。先学期末は、試験のある日に、試験が用意されているかどうかが一番の心配時であったくらいだから、さもありなんである。
イヤー困った。
(Saturday 21/10/00)
こちらの学校と教育委員会の関係はすごく興味深い。日本に比べるとかなり深い部分まで、関わってくる。例えば、授業の進度、テストのレベル、評価の仕方など、けっこうまめに、打ち合わせをしているようだ。授業は、アクティビティー中心の教科書を、きっちりと順番通りにやる。テストについては、毎回(でないかもしれないが)実施したものを教育委員会まで提出するようだ。シニアの評価については、生徒の答案と、模範解答を生徒ごとにまとめ、それが適切な評価かどうか、提出する。実際、大学進学においては、学校の成績と統一テストの結果が非常に重要になるため、このようなシステムになっているらしい。今日は一日、そのまとめの仕事に追われてしまった。結構手間がかかる。
以前、朝霞西の先生が来たときにも、話したが、すべての教科がかなり、プログラム学習的になっていて、基本的には、だれがやっても同じ、ような、授業になるようだ。
これもまたシステムとしてはおもしろい。日本に適用できるとは全く思えませんが、訳ワカラン、教員の個性というわがままにめちゃめちゃにされてしまうくらいなら、このような方法もあるのかもしれない。もしかしたら、もう適用しているところがあるのかも?
(Monday 16/10/00)
最近すごく暑くなってきた、どうにものどが渇いてしょうがないので、家から飲み物を持っていくことにした。コーラはよく飲むのだが、コーラばかり飲んでも、体に悪そうだし、お金もかかるので、レギュラーコーヒーをコーラのペットボトルに入れて、最近持ち歩いている。僕が飲んでいると、生徒達は、すごく興味深そうに、飲ませて飲ませて、と寄ってくる。「何が入っているの?」「コーラじゃないけど、飲んでみる?」「きっとコーラだよ」と言うので、飲ませてやる。するととたんに変な顔をして、「ヤッキー(まずいおいしいはヤミー)」と返してくる。「コーヒー嫌いなの?」と聞くと、「そうじゃないけど、コーヒーは温かくして飲むものでしょ、それに甘くないし」確かに、日本以外には(僕が知っている限りでは)アイスコーヒーというものは存在しないようだ。マクドナルドでセットを注文すると、必ずコーラがセットでついてくる。その場合も、アイスコーヒーは絶対にない。意外な食文化の違いであった。
(Thursday 12/10/00)
こちらの学校では、今が異動の時期、昨日、来年どこに異動するかの一括提示があったそうだ。広いので、結構極端に動くらしい。
僕の今いるプロサパインは、結構田舎なので、すごく気に入っている人もいるのだが、(例えばマイケルなど、もちろん僕も好きである)、一般的にはそれほど人気がないらしく、基本的にはいたいだけいられるそうだ。でも、教科などの都合で、突然異動を言われる人もいるらしい、アマンダは突然言われたようで、恋人と別れなければならないらしく、職員室で大泣きしていた。僕と同室のアルは、ブリスベンに移動することが決まったらしいが、すごく荒れた学校らしく、その学校に決まったことを、激しく怒っていた。もしかしたら辞めちゃうかもと言うのはマイケルの談。悲喜こもごもの、ドラマがあったようである。もう少し落ち着いたところで聞いてみよう。
辞令には従わないと、即くびだそうである。指揮系統はしっかりしているので、かなり高圧的な態度であるらしい。
日本の異動も、悲喜こもごものドラマはあるが、何とかそれなりに通える位置だものね。埼玉あたりだと。
(Tuesday 10/10/00)
あれほど盛り上がっていたオリンピックも終わってしまうと、日本ではすぐに話題からはずれてしまうんだろうな。
こんなにじっくり見たのは初めてと思えるくらいの、オリンピックだったので、僕の中にはまだ余韻としてしっかり残っている。
そのうちまとめてみるつもりであるが、その時、興味を持つ人は多分いないでしょう。
(Tuesday 03/10/00)
最近テストの採点をして気づいたこと、結構奴らの英語はひどい。さすがに、音をはずれた、スペリングミスはないのだが、スペリングについては結構酷いものがある。they
をthay here を hear など、文字から英語に入った僕としては、結構気になるのだが、彼らにしてみると、自分たちが話している音を、そのまま書いているだけであって、日本語の当て字みたいなものか?話している場面では、あまり、目立たないのだ。日本人が、スペリングを間違うのは当然である。
(Thursday 14/09/00)
夕食の前にベランダでのんびりと夕日を見ていた。放課後、ゴルフ場で、9ホール回ってきた後だ。はじめたばかりで下手なのだが、混んでいないので、2時間もあれば回れてしまう。仕事を終え、そのあと遊び、家に帰ってから、夕食前に、夕日が眺められてしまうなんて、すっげえ、贅沢を満喫しているのじゃないかと、ふと、申し訳なく思った。日本にいたときは、毎日グランドで夕日を眺めていたことを思い出しながら。それはそれですごくなつかしいのだが...げっ、日本に帰ってからすごく辛そう。
(Wednesday 13/09/00)

最近昼休みになると、生徒が遊びに来る。目当ては、教室にある僕のラップトップコンピュータ、ゲームボーイのエミュレータをインストールして、ポケモンのゴールドバージョンをやりに来るのだ。生徒だけでは、教室にいられないので、僕も必然的に一緒にいることになる。中でもライアンは毎日のように来ている。8年生の生徒だ。勉強はからっきしできないのだが、僕のところに良くちょっかいをだしにくる。今学期結構可愛がっていた生徒だ。でも、明日の晩タウンズビルに引っ越すので、今日が最後だと言い始めた。こちらの子が転校するときというのは、非常にあっさりしたものだ。湿っぽさは全くない。挙げ句の果てに、僕の荷物箱の中から、ポケモントランプを見つけだし、餞別としてくれと言う。あまりにも厚かましいので、あげるのはちょっといやな気がしたが、日本からわざわざ持ってきても結局使う機会もなく、これから半年使いそうもなかったので、あげてしまった。
(Tuesday 12/09/00)

ブライとライアン
三学期も今週で終わり。タッチフットのあと、何気なく夜空を見上げたら、星空がすごくきれいだった。そういえば、半年が経とうとしている。来たときには、毎日のように感じていた新鮮な感動も、このところすこし少なくなっているな、と、ふと思った。オーストラリアの美しさ、すばらしさに対して毎日感動できる心をまた持たなくては、と、改めて感じた一日であった。
(Monday 11/09/00)
ジルが引っ越してきた。同じスタッフルームの理科の先生。独身女二人と独身男一人のインターナショナルな奇妙な同居生活が始まる。ここまでくると、今度はふつうのオーストラリア家庭生活というのも見てみたい気もする...。まあ、滅多にない機会なので、とりあえずあるがままを楽しむことにしよう。しかし入れ替わりの激しい家である。ケリーの彼氏は、いつの間にか別れてしまったらしく、この間、今週はまだ来ないの?と、何気なく聞いたら、そんなに真剣な関係じゃなかったの!また町で探すわ!と怒られてしまい、その日はちょっと気まずかった。オーストラリアに来ても、女性に対する言葉のかけ方というのは、相変わらず僕にとっては難しい。
(Sunday 10/09/00)
キャノンバレーの子供たち、週二回キャノンバレーに通うようになって、彼らとよく遊ぶようになった。無免許で、バイクを乗り回し、(たまに車も)、タバコを吸ったりと、すっかり悪ガキだが、そんなことはこのあたりでは全く問題でないようだ。気のいい子たちである。



僕が、乗馬をならいに行っているジョーのところに、子馬が生まれた。まだ水曜日に生まれたばかりだというこの馬は、まだ名前はないが、とても愛らしい。立つのさえ、まだたどたどしい。春は誕生の時期のようである。立った姿を撮ろうとしたら、すぐに母親の陰に隠れてしまう。
(Saturday 09/09/00)



日本では、3月、4月の年度末が、異動のシーズンだが、ここオーストラリアでは、年度が1月の終わりから12月までのため(実質的には11月末で終わってしまう)、そろそろ異動の話も本格化してきた。職員の異動も、具体的な話はないまでも、都市くらいは、明らかになってくる。それに併せて、生徒の異動の話もこのごろ良く聞く。日本語選択者の中でも、9年生のサムとエイミー、10年生のポーラがそれぞれ、ブリスベンなどに引っ越していくらしい。かわいがっていた子たちなので、ちょっと寂しい気分。留学生の子たちも、12月で日本に帰っていく。一番かわいがっていた12年生の子は卒業だ。オーストラリアの学校で、こんな気分を味わうとは、先学期を終えるまで、思ってもみなかったことだった。
実際のところ、生徒に聞くと、ブリスベンなどの大都市に引っ越ししていくのは、寂しさよりも、うれしさのほうが勝るのだそうだ。自然と景色のすばらしいここよりも、便利な大都市を好むというのは、僕には今のところ信じられない。実際、教育のレベルも、大都市は、段違いに高いらしい。この学校で、目立つ生徒も、良く聞くと、ブリスベンやシドニーなどの大都市で、生まれ育っているのだそうだ。教員も多くは、ブリスベンの大学を卒業しているため、本当のところは、ブリスベンに戻りたい人が多いのだそうだ。日本人の留学生の子に聞いても、またオーストラリアに戻ってきたいけど、みんな、ブリスベンに住みたいと言う。
そんなもんかな、と僕はちょっと疑問に思いながらも、便利がいいなら、東京はもっと便利だと思う。実際東京に住むのは大変だけど。
都市への集中という問題は、ここオーストラリアでも、大きな問題であるようだ。
(Thursday 07/09/00)
最近、学校の仕事がひたすら忙しい。というのも、毎日のようにテストを作らねばならないからだ。何しろ、各学年、スピーキング、リスニング、リーディング、ライティングと4つずつテストを行うため、4×5学年で20のテストが必要になる。これだけあると、チェックだけでも大変だ。案の定、かなり漏れがあり、前日になって、初めて範囲が違うと分かったり、作っていなかったり、毎日のようにテスト作成に追われる。マイケルはこの学校に来て二年目であるため、去年の問題を流用できると考えていて、チェックもなおざりになっていた。実は先学期のテストで、範囲が違うことを僕が指摘して以来、チェックを手伝っているのだが、(問題のチェックだけではなく、作ってあるかどうかのチェック)なかなか、マイケルのほうも、テストが始まるまで、本気にならない。
先週までは、リスニングテストやリーディングテストのスクリプトの作成を突然言われて、翌日までに作らされていたので、ちょっといやになって、改善を申し出たのだが、その余裕もないままに、テストが本格的に始まってしまった。月曜日は、マイケルの突然の出張で、僕が、ちょっと手直しして、テストを行ったし、火曜日は、僕だけが、体育の授業に行き、その間にマイケルがテストを作成。水曜日は、空き時間中に、(マイケルは自習監督が入っていたため、その間に僕がスクリプトを作り、)休み時間に完成させた。その日の午後のテストである。放課後、時間があったので、翌日以降のテストの確認および作成を申し出たが、一つ作ったのみ、結局すべてのテストの確認を行わなかったため、今日(木曜)は、授業中に8年生のリーディングテストを作らざるをえなかった。まあ、何とかなったが。
このいい加減さも、半分慣れて、半分嫌気がさしているのだが、根本的にすこし問題がある。何しろ学期ごとに、20ものテストを確認することが可能なのだろうか?しかも、授業は、40分の32=20分の16である。休み時間には、プレイグランドデュティーがあり、さぼれない。基本的に、家では全く仕事をしないようなので、できるはずがない。
テストは、毎回、教育委員会のほうに提出して、問題が適正であるかどうかチェックされるというのだが、教えた範囲と違う範囲のテストを実施してしまったことをチェックできるのだろうか?
なかなか難しい問題である。これだけのことを一人でやるのは、多分無理だろう。僕は、とりあえず、できる限りのことはやっているが、なんだか、オーストラリアの教育行政の穴を埋めるような仕事をしているような気も最近している。それはそれでいいのだけれど、ま、いいか。
(Thursday 07/09/00)
日本では、夏休みが終わり、2学期が始まったばかりだというのに、こちらではあと10日で3学期が終わる。まさにオリンピックホリデーといったところか。僕の住んでいるあたりでは、あまりオリンピックムードが高まっている感じはしないが、始まってしまえばそれなりに盛り上がるのだろう。広すぎて、国全体が盛り上がるというのはなかなか難しいのかもしれない。仕事はそれなりになれてきて、日本の姉妹校の短期留学生受け入れという大仕事などもあったが、今学期は放課後の遊びばかり覚えてしまったようだ。安定期といったところでしょうか。来学期どこに力を入れていこうか?今月の課題である。
(Tuesday 05/09/00)
グラッドストーンの松原先生のところに行ってきた。僕と同期で来ている国語の先生である。今学期のはじめ、Emailで連絡をもらい、困っているようなので、その陣中見舞いである。事情を聞くと、先学期末、同僚の日本語教師(オーストラリア人)が、突然辞めてしまい、今学期は、自分がメインになって、授業を教えなければならない。正式な教員も常にいるのだが、その人は全く日本語が分からないため、松原先生のほうで教えざるを得ない、とのこと。あちらの学校では、今年から日本語の授業が初めて始まり、8年生の授業が、選択で3クラス、週3時間ずつ、とのことだが、新たな日本語教師の補充はなく、松原先生が4ヶ月の見習い期間を終え、授業の指揮を執るという形に、言ってみればなってしまったのだ。その結果、当初9月までの予定が12月まで延び、ステイ先の関係で、アパートに一人暮らしということになったらしい。
実際あって、四方山話をしたのだが、学校によっていろいろなことが違っておもしろかった。僕も一つの学校だけでなく、他の学校を知るため、今学期で、移動しておけば良かったか、とちょっとだけ思ってしまった。
(Sunday 03/09/00)