授業について    次へ   戻る
 
ようやく一週間の授業を終えた。学期末なので、いろいろなテストがあったり、なんだりで、通常の時とは違うのだろうが、ともかく、一週間を無事終えることが出来た。日本の高校と比べると、空き時間が少ないので、ちょっと慌ただしい気もするが、慣れてしまえば、何とかなるだろう。
 
彼らにはやはり、文字が非常に難しいらしく、文字を逆に書いたり、ひらがなさえも全く書けない子もいる。12年生でも、カタカナを自由に使えない子が少なくない。音について言えば、ローマ字など、アルファベットに置き換えて覚えられるので、比較的容易なようだ。ただ「ん」の音や、伸ばすときの「う」の音は落ちやすい。例えば「こんにちは」はすぐ「こにちわ」になってしまうし、「おはよう」は「おはよ」と言った具合に。そして、彼らは濁音「がぎぐげご」など、半濁音「ぱぴぷぺぽ」、拗音「きゃきゅきょ」を意外に苦手とする。日本人には、そんなに難しくないように思われるが。ただ日本人も、拗音や撥音はローマ字で書くのが苦手な人も多いので、まあ致し方ないか。

 


書道の授業風景

漢字は意外に、興味を持っている生徒が多い。ただ「偏」と「つくり」の位置がしばしば入れ替わってしまっておもしろい。ある生徒のノートには縦書きで「日本語」と書いたつもりだったらしいが、それが「日 本 言 吾」と縦に並んでいたのにはびっくりした。ホストのケリーに言わせてみても、韓国のハングルの方がよっぽどシステマチックでわかりやすいと言っていたが、全くその通りかもしれない。日本人は、文字の形を早く正しく把握する力を学校教育の中で培ってきたのかもしれない。日本人は、英語を音で理解するよりも、文字で理解するのが得意だ、とよく言われるし、私も実際その通りだと思うが、長い時間をかけて、その特性をうまく身につけてきたのかもしれない。以前、ヨーロッパを旅行したとき、日本にEメールを送ったが、日本語環境がなかったので、ローマ字で送ったら、かなり不評だった。音読しないと、意味が分からなかったものね。



中央が私
まあ、そういったわけで、もろもろの事情から、数々の涙ぐましい努力が、日本語の授業の中でなされている。例えば、低学年の生徒に、これは、たぶん小学校でだれかが教えたのだろうけど、50音の表を覚えるときに、子音の並び順、「あ」の次は「か」、次は「さ」といったようなもの、それをこういう風に教えたんだそうだ。
 
A Koala said that nauty hippo made you rather wet.
 
それぞれの単語の子音の並びが、五十音の子音の並びなのだそうだ。これを発明した人。10年生の生徒はしっかりと覚えていて、僕に教えてくれました。どうもありがとう。
他には、今、家族の呼び方をやっているのだけれど、そこにも、涙ぐましい語呂合わせが存在する。「ちち」、「はは」、「あに」、「あね」、「おとうと」、「いもうと」、父はちょっと忘れてしまったけれど、母は、陽気でよく笑い「ははは」、兄は、背が高く、私に話しかけるときに、膝をついて話す。a knee「あにー」、姉は、スポーツ好きで、ネットボール(オーストラリアではとてもポピュラーなバスケットに似た競技、女性しかやらない)a net 「あねっと」、弟はまだ小さくて、おもちゃが大好き、特に、汽車が大好きでtoto「ととー」と走らせます。(ちょっとこの意味はよく分からなかった)、妹はまだ幼いだからimmature「いまちゅうあ」(未成熟の意味)、といった感じ、結構こんな風に授業は行われている。研修で、授業では、「絶対に英語を使うな」、オーストラリア人の日本語教師とは「英語で話すな」と口を酸っぱく言われましたが、1日目でその禁を破ってしまった私はやっぱり、日本では英語で授業の出来ないだめな英語教師なのでしょう。

 

書道のあと、寿司を囲んで

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