Rediscover

 その日、私はなにげなくコンピュータ室のパソコンで遊んでいた。1999年秋のことだっただろうか。

 私はちいさな興味を持ち、「www.shibumaku.com」とInternet Explorerのアドレス欄に打ち込んでみた。「www.shibuyaku.com」があるんなら「www.shibumaku.com」もあるだろう、という純粋な好奇心からだ。しかし、現実にはそれはない。渋幕のプロキシは優秀だから大きな文字で「Unknown Host」と出てくるだろう。そう思った。しかし、違った。

 「このアドレスは、プロキシにより規制されています」

 このメッセージがあるHTMLを、私ははじめてみた。今まではカラフルなメッセージで「教育プロキシ」とかいうプロキシが危険な情報や有害な情報から我々を遠ざけていることは知っていたが、サーバが直接アクセス規制をしているというのははじめてみた。つまり、前者では要求したページがLAN内に届く前にプロキシがページの言葉をチェックして有害な情報などを排除する仕組みだったのだが、後者では「www.shibumaku.com」というリクエスト自体がアクセス規制されているのである。

 私は家に帰り、「www.shibumaku.com」と打ち込んでみた。アクセス規制がなされているということは、そのサーバーがあるということだからである。しかし、

 「サーバーが見つかりません」

 とInternet Explorer5は教えてくれた。これは、http://www.shibumaku.com/というドメインがないことを意味する。「shibumaku.com」とも打ち込んでみた。やはり同じメッセージが返ってくる。

 ──これはどういうことなんだ?

 なぜ、ありもしないサーバーをアクセス規制しなければならないんだ?

Enigma

 私は、情報源Aにこのことを何気なく聞いてみた。

 「A、渋幕.comっていうドメイン知ってる?」

 情報源Aには唐突だったらしい。一瞬身をひき、そして目を見開いた。

 「なぜ知っているんだ?」

 私は今までの経緯を簡単に説明した。彼は興味がとてもあったようだった。そして、私からもAの知っていることを教えて欲しい、と頼んだ。

 「……しばらく待ってほしい」

 Aは教室を出ていった。

 しばらくして、Aが戻ってきた。

 「OKだってさ」

 私は彼に、何がOKだったのかを聞いてみた。すると、彼は意外なことを述べた。少年とこの情報源Aが、すべてを知っているというのだ。詳しく教えてほしいと私は頼んだ。Aは、教室ではまずいと言ったので、我々は外に出て、帰りがてらに話をすることにした。

 「ここなら大丈夫だろう」

 Aは辺りを見回し、口を開いた。

 以下、Aの話である。もう一年も前のことになるので、私も詳しくは憶えていないが、できる限り正確を期したい。

 

 昔、私とBはパソコン室で遊んでいた。そのとき、我々はあるいたずらを思いついた。「www.shibumaku.com」をつくろう、ということだった。我々の好奇心はうずき、気づいたときにはWebProviderという無料ドメインサービスのホームページで先のドメインを取得していた。このとき、すでに問題はあったのだが、後で述べる。そして4,5日経って案内メールが来たとき、我々はその内容を考えたのである。

 内容はいたってシンプルなものであった。渋幕のホームページのパロディである。Bは、まず、施設紹介のページをパロディ化することにした。よく考えてみてほしい。渋幕のホームページの施設紹介、あれは事実に即してはいるが暗い面を紹介していないではないか。我々は、生徒から見た事実を書きたいのだ。そして書いたのだ。施設の写真は、渋幕のホームページにあるものを借りてきた。これが問題だったのであるが、このことはまた後で述べる。私が思うに、あのページは多少誹謗中傷らしきものがあったとはいえ、あんなことになるほどではない。

 ──あんなこと?

 それもまた後で話そう。もうひとつは、入試情報だ。この入試情報というものをパクったページをつくったのだ。とはいってもそれほど捻じ曲げたわけではない。リラックス体操というものを強調しただけだ。あとのジョークは問題がないほどつまらないものだった。このページも公開した。そして、あの「自調自考」を「自業自得」に変えたりもした。面白いだろう? そして「校長からの言葉」もアップしようとしたが、推敲の余地があると考え、私はアップしなかった。問題が起きた。

 学校から我々は渋幕.comにアクセスをした。そして渋幕.comへのアクセスログは渋幕サーバーに残った。それを情報教育担当の教諭が発見したのだ。我々は、その時点で、渋幕.comは完全に内輪のページであり、我々が楽しむだけのページと考えていた。URLも公表していなかったし、当然どこにもリンクははられていなかった。しかしそれでも教諭は気に食わなかったらしい。すぐにWhoisで検索をしたのだろう、ドメインの所有者に関する情報が彼の手に入った。このくらいのことは誰でもできることだからたいしたことではないのだが、その所有者の「住所」というのがまずかった。我々は、そこに、Bの住所と酷似したものを書き入れてしまったのだ。いつ教諭がこの問題を校長に知らせたのかは定かではない。しかし、「校長講話」に関する記述からBを特定しようとしたからにはずいぶん早期から知らせてはいたのだろう。その「住所」に酷似した住所に住んでいたのがBだった。さらに、Bはコンピュータに長けていたため、それは決定的な証拠となる。

 ──で、Bはどうなったのだ?

 ひどいことだ。校長室に呼び出された。校長室には、Bのほかには校長とあの教諭しかいなかった。教諭はBに証拠を見せた。あのページの問題は1.「学校の写真を無断で使用したこと」であり、著作権侵害である。2.学校を実名で批判しているから名誉毀損である。ということだった。さらに教諭はたたみかけるように、「校長先生は訴訟の意志もある」とBに言ったそうだ。これではBは反論しようにも出来なかったに違いない。もともとBは気が弱いのだ。その上に生徒を手のひらの上で扱える私立の校長が訴訟するとなったら−−彼の目の前は真っ暗になったに違いない。彼はすぐに謝った。謝罪した。

 教諭と校長はBに、「渋幕.comを閉鎖するように」と言った。

 ──だけど、Bは健在だ。

 Bにはなにも処罰を受けなかったらしい。それにしても私が校長室に呼び出されなかったのは、不幸中の幸いであろう。もっとも、ページの大半はBが作成していたのだが。とまあ、こういう経緯があって、shibumaku.comが学校からアクセス禁止になった、というわけだ。

 ──うーん……。



 Aと私は、そこで別れた。そして、その日のうちにAからindex.html以外のすべての渋幕.comが送られてきた。内容は、確かに誹謗中傷がひどいところもあるが、閉鎖させるには代償が大きいような気がした。また、Bが呼び出された、というのも噂というかたちで聴いていて、ちょうどその話もAに持ちかけていた。

 私は、その後も幾度となくshibumaku.comをチェックしたが、いつもどおり「サーバーが見つかりません」という表示がされるだけだった。



 ※A、およびB、および教諭は架空の人物であり、実在する人物とはいっさい関係ありません。としておきます。
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