Sports Festival


 前日まで雨天の連続だったのに、スポーツフェスティバルのあった6月1、2日には突然晴天が渋幕の上を覆った。しかも、その晴れ具合が「曇り」で、一日中外に出ていても熱くならない程度の快適な天気。あたかもお天道様(校長曰く昔の時代の道徳の規範)がこの日を見定めて雨雲を追い払ってくれたかのよう。

 1日目は、球技のみ。ドッジボール、バスケットボール、サッカーなどの球技が行われた。金曜日に行われたせいもあるが、この日は保護者が少なかったようだ。特に記すべきもないので、この日のことについてはこれで終わる。
 2日目が本番である。午前中は中学がグラウンド競技(リレー、綱引き、組体操などのいわゆる運動会種目)、高校が球技で、午後は逆、そして最後には全校を挙げて「色別対抗リレー」が行われた。渋幕体育祭は紅白決戦ではなく赤・白・青・黄(順不同)なので4軍入り乱れた大決戦となるわけである。そしてこの日は、本来は休日であるのにもかかわらず「行事はなるべく土曜日に入れる」という変な方針のために土曜日に行われることになっている。ここ数週間、本来完全週休二日制であるはずの渋幕(わけても高3)は、土曜日休みであった試しがないように思う。確かに、高3では、これまで火曜日木曜日7時限まであったのがすべて6時限になったのだが、逆に学校への通学日数は増えているのではないか? とさえ思ってしまう……。
 さて、この体育祭、二日目の午後は赤が優勢に思われたものの、結局はその他のところで得点を稼いだ青組が優勝することになった。というわけで結果は、青>赤>白>黄だった。閉会式では、待ってましたとばかりに雨がぽつぽつと降ってきて(すぐに止んだが)、みんな、感涙に咽んだのであった。

 ところで、中学生にはないことを、高校生はやる。実際に行ってみてみれば分かることであるが、高校生には、「オリジナルTシャツを作れる」という特権があるのである。オリジナルTシャツというのは、その組の色に合わせてその色のTシャツをクラス単位で揃えるもので、青だったら水色とか青色、赤だったらピンクや赤、白だったら白でも黒でもよい、というような感じになっている。そして、そのTシャツにはクラスメンバーのニックネームをずらーっと並べて入れるのが慣例になっていて、その仕事を負うのがゼロワンという衣服メーカーだというのもこれまた慣例になっている(慣例なので、破っても構わない)。こうして出来たTシャツによりクラスや色がわかるのだが、このTシャツの利用価値は別のところにある。つまり、知人・友人が、このTシャツにマジックインキでいろいろなメッセージを書き込むのである。書くことは「かっこいー!」でも「先行者」でもなんでも構わないが、要するに簡易思い出アルバムというわけだ。中には、「学校以外のところでも着ていたい」という人やただ純粋に「書かれたくない」という人もいるが、そういう人は少数派で、嵐のような2日間が過ぎ去る頃には、大抵背中がたくさんの書き込みで埋まる。ちなみに書かれる時はかなりくすぐったい。ガマンできない人もいるようだ。
 それはいいとして、Tシャツには、それぞれクラス特有のメッセージなどが織り込まれることがある。「がんばれ×組」だとか、「喧嘩上等」だとか、まあ他愛のないこと(?)が普通なのだが、一つのクラスだけ、へんなところがあった。

 テニスもサッカーも剣道もドリルもいない

 このメッセージの意味    それは、一ヶ月ほど前に遡る。

 「スポーツフェスティバルの日程変更について」というプリントによれば、発端は5月2日であったという。この日に、生徒会は中央委員から事前に各クラスで集めてもらった生徒総会の議案を提出してもらったが、その中でも目立ったのが「スポーツフェスティバルの日程変更要望」であった。というのも、上記高校テニス部、高校サッカー部、高校剣道部、ドリル部(チアリーディングみたいなもの)のどの部活もが大会で大いに活躍し、上位大会に進むことになってしまったからである。悪いことではないし、それどころかいいはずのことであるが、どうも、この大会や試合の日程が、スポーツフェスティバル2日目と重なってしまったようなのである。6月2日、季節から言えば初夏のスポーツには最適の高校総体の時期、だからこそ我が校もこの日にスポーツフェスティバルを行うのであるが、それが、皮肉なことに重なってしまった。
 そして、学校でいう「公欠」となる彼らの人数の総数が、びっくり120人にも及ぶという。この数字は高校だけの数字であり中学生には関係ないが、それでも全生徒の1割に達する。もちろん、彼ら全員スポーツが好きだから部活で頑張っている。なのに、渋幕体育の祭典スポーツフェスティバルに出られないのだ。こうなれば、なんらかの対策を講じるのが当然というべきであろう。
 ある生徒(テニス部)は、学校のホームページにあるアドレスから校長にメールを送って、この意見を訴えた(余談であるが、このメールは各クラスのホームルームで紹介された。「名前も書いてあり、書き方もちゃんとしている」というのがその理由だが、……それって当然……それとも、そんなメールが届くことがとても少ないのだろうか)。そして、先述のとおり、生徒会にも意見が提出された。
 しかし、生徒会は検討の結果、スポーツフェスティバルの日程変更は実現が不可能であり議題としては適当ではない、という結論を出すことになった。一度決めたものはかえられないよということである。
 そして生徒総会に関する資料が配られた。当然、そこの「議題」には、「スポーツフェスティバル日程変更は議題として適さないよ」なる旨のことが書かれていた。しかし、その直後、生徒会に「スポーツフェスティバルの次の週の月曜日・火曜日に設定されている雨天順延用の予備日を使って実施できないか」という意見が寄せられたのである。彼らが言うに「これは本部も全く考えていなかったこと」で、5月9日の総会直前にこの案の検討が行われたらしいが、そのときに、生徒部(生徒ではなく教員の部署)から、「教員側が予備日に変更する方向で検討中」という連絡があった。そして、そのことを生徒総会で報告しても良いとのことだった。
 さて、舞台は生徒総会に移る。この日の7時限に行われた生徒総会は、まあ、いつものとおり型どおりで進んでいった。議長選出(珍しく立候補があったが)、決算・予算の採決(拍手による)、と進んでいき、後少しで終わりというところで、である。副会長がマイクを持ち、こう言った。
 「えー、資料には、『スポーツフェスティバル日程変更は議題として無理』とありましたが、(中略)生徒部のほうから、日程変更のほうで検討中との連絡がありましたので、ここで、日程変更をしたいかどうかの決を採りたいと思います、拍手でお願いします」
 彼がマイクを持ってしゃべっている最中から、白けた雰囲気に包まれていた議場はどんどんと熱を増していった。副会長が最後の言葉を終えてマイクをおくと、もはや止められるものは何もないとでもいうように、万来の拍手がわきおこったのであった。誰もが、スポーツフェスティバルの日程は変更される、と信じていた。

 しかし、どうも教員側はこの熱狂ぶりを快く思わなかったようである。同日午後8時には、すでに私のもとに、「日程変更はやっぱり無理」という情報が入っていた。
 そして、生徒会には、翌日(10日)の朝になって、日程変更が却下されたということが伝えられた。

 「どういうことだ!」
 昨日、高校生徒の期待を一身に受けて自分が発表したものはなんだったのか、自分が信じていたもの、自分が勝ち得たもの、と思っていたものはいったいなんだったのか  副会長は怒りに燃えていた。

 翌日、「高校生徒会役員有志」から「教員を介さずに」高校生徒に、『スポーツフェスティバルの日程変更について』及び『「抗議書」賛同者募集のお知らせ』という2枚のプリントが配布された。それと同時に、昇降口の黒板に抗議書署名用紙がはられ、各クラスの委員が自主的にそれをクラスへもって行くことになった。および、「抗議書」本体もそこに張られた(抗議書が配布されなかった理由について、副会長曰く「いや、あれはまずい」ということらしい)。
 このプリントによれば、日付変更要望が却下されたのは以下の6つの理由による。

1.行事予定はあらかじめの決定事項であり、外部(塾など)をはじめ、保護者、入学希望者などにも告知済みである。
2.今回の件では都合が悪いのは高校生のみであり、中学生は無関係である。
3.中学の保護者は、全体の約7割が見に来ることが予想される。
4.あらかじめ、土曜の使い方に関しては説明があり、行事を極力土曜日に割り当てるという事が決まっていた。
5.外部の行事(今回の場合は部活動の大会)のために校内行事の日程を変更することは好ましくない
6.部活動の試合は、あくまで自由参加であり、スポーツフェスティバルと試合のどちらを取るかは個人の自由である。
(ボールド体・筆者)

 そして、このプリントの最後には、「校長先生の確固たる決心によるもの」とある。生徒部ではなく、校長の決断……。

 では、抗議書、正式名称『槐祭体育の部(スポーツフェスティバル)の日程変更却下問題に関する抗議書』(以下抗議書)の内容を見てみよう。
 まず、提出先は「渋谷教育学園幕張高等学校長 田村 哲夫 先生」とある。
生徒部や学校ではなく、校長への意見だということである(インターネット上での抗議っつう姑息なことしか出来ない管理人には身にしみる……)。そして、「下記の理由で抗議いたします」として、上記の6つの理由に対しての反論を試みている。

1.対外広報の重要性も理解するが、生徒が主役であるという先生の方針に照らして、生徒の存在が軽視されている。
2.高校生のみの問題とはいえ、全生徒の1割以上にも達する人数が参加不可能である現状に配慮がなされていない。
3.前年度も平日の日程で行われており、平日である予備日での開催が特別異常な事態となるとは考えられない。
4.原則として土曜日を使うという方針であっても、雨天時のための予備日を想定されている時点で、原則を外れた例外の存在を容認なさっているといえる。今回のような状況においては例外の適用は認められるべきであった。
5.要望理由が外部の行事に起因するものであったとはいえ、部活動の試合は生徒が学校の名のもとで活動する場であり、これらの日程の都合による学校行司の日程変更は、槐祭体育の部も生徒の主体的な活動の場である以上、生徒の活動の場を真っ当に確保するためには必然的に行われるべきであった。また、多数の生徒がこのいずれかに参加できない事態は、同様の観点から避けるべきであった。
6.部活動の大会の集中は予想外な事態であるとはいえ、多数の生徒が学校行事に参加できない状態であり、柔軟な対応がなされるべき状況にあるといえる。
(ボールド体・筆者)

 私から見れば、この意見はどっちもどっちであるようである。学校は、「もう知らせちゃったよ。なんで課外活動のために日付を変えるのさ」、生徒会は、「知らせてたって生徒が主役だろー。部活だって学校生活の一貫なんだから、もっと頭柔らかくしてよ」ということである。好意的に考えれば、最近つとに人気が上昇してきて体面を考えざるを得なくなっている校長、そのために内部の人間がないがしろにされていることに憤りを感じる生徒というわけだ。
 それとも、やはり、「校長が折れた」という前例を作ってしまっては、これから先「じゆう」を標榜する渋幕として、次々と改善意見が寄せられるのを拒否できなくなる、と考えたのだろうか。
 そのあたりの無駄な詮索は止めよう。私は、基本的には、校長が折れてくれればいいなー程度にこの問題を傍観していたのだが、次の意見には首をひねらざるを得なくなった。
 『「抗議書」賛同者募集のお知らせ』の「この抗議書は、あくまで今回の校長先生の決定に対して抗議の意思を示すものであり、却下の決定を覆そうとするものではありません」および、『抗議書』の「今回の槐祭体育の部の日程が現段階から変更されるものとは考えておりません。」という文である。
 この『抗議書』は、クラスの担任が許可した場合、クラスに貼りだされる事になっている。
 その際、生徒会有志(この言葉はまずいということで、のちに「生徒有志」となった。メンバーは生徒会役員のみだが)が各担任に許可をもらいに行ったところ、三様の対応があったという。ひとつは即座に許可、というもので、まあだいたいどの担任かは想像がつく。もうひとつは、貼ることについてしばらく考え込まれる対応で、若い先生に多かったという。これも、まだ若くて発言力がないからなにかしでかした場合の責任を問われることを恐れてのことであり、当然の対応といえよう。そしてもう一つが、「内容について」考え込まれるという対応だった。つまり、彼らには「抗議する」にもかかわらず「日程変更は希望しない」という矛盾が理解できなかったのである。結局全高校クラスにこの抗議書は貼られることになった。

 私も、矛盾が理解できない。
 理解できないわけではない。今回についてはあきらめるが、次回からは生徒の意思を重視してほしいということなのだろう。しかし、なぜ「日程変更」を要求しなかったのだろう。日程変更の要求が再度却下され、生徒会の威信が地に落ちることを懸念して、失敗しない程度の『抗議』を行ったのか? それとも、生徒総会であれだけ大々的に宣言したにもかかわらず却下され、すでに地に落ちている生徒会の権威をなんとかつなぎとめようとして作成した、タテマエだけの文書なのか?
 たしかに日程変更の要求は一度却下された  校長の権威によって。しかし、今度は「拍手」などという曖昧なものではなく「署名」という、その人の尊厳をかけたものでの要求が可能だったのである。校長といえど、多数の学生の署名に対して簡単に「却下」はできなかったであろう。『日程変更について』にも、「校長も筋の通った意見なら聞き入れる方針のようですし」とある。そこまで分かっているならなぜやらなかったのか。

 5月24日に抗議書は提出された。署名人数は609人、高校生徒の2/3程度である。校長室で「生徒有志」は抗議書と署名用紙を校長に手渡した。校長はたいした反応も見せなかったという。


 そして6月2日土曜日、スポーツフェスティバルは開催された。


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