- 教育実習(00/09/18)
私・松村亮祐は、来年の5月下旬から6月上旬にかけ、埼玉県立大宮高等学校に教育実習生として帰還いたします。今回の実習は、私が本気で教員を目指す上での第一歩であると同時に、自分にその資質があるかを見極めるための一次試験であると捉えております。在校生の皆様におかれましては、どうか温かいご支援を願いしたいと存じます。
というわけで、来年僕は母校に帰ってきます。しかし、今度は高校生としてではなく、就職試験の一環としての教育実習を行なうために大宮高に参上します。当然、【演劇部OB】としての僕ではありません。いや、【演劇部OB】ではあるのですが、それを前面に押し出すことはなくなります。現役部員の方も、その辺はわきまえていただきたいと思います。といっても、夕方5時を過ぎ、教職員の方々とのやり取りがおわって自由の身になった時まではその限りではありません。どんどん声をかけてもらえると、こっちとしても嬉しく思います。
僕は日本史を教えます。現在日本史担当の小山友清先生曰く、「2年生を教えてもらうことになる。場合によっては3年生を教えることもあるかもしれないが、受験生なのでおそらくそれはないだろう」とのこと。2年生を教える場合は古代を、3年生を教える場合は幕末を教えることになりそうです。個人的には幕末が好きなのですが、この時代は教えるとなるといくらでも深くできるということが、7月の教科教育法の模擬授業で判明しました。模擬授業では、まさに幕末、それも桜田門外の変から薩長同盟という、動きがあって非常に面白い期間を教えました。ただし、その授業は中学生を対象とした【社会科教育法】なので、高校生に教える時は若干深くなることは間違いありません。が、実際の実習では古代を教えることになると思われるので、その時代の準備もしなければなりません。
2年生を教えるとなると、気になるのはその相手です。来年度の2年生ということは、現在の1年生がそれに該当します。ただでさえ「17歳」が話題になっており、進学校の生徒といえども真面目に授業を聞いてくれるかどうか不安ですが、やるしかありません。どれだけ授業の内容に生徒を引き込むことができるか。それが勝負のカギとなります。その2年生ですが、演劇部でいうと、ありさ・さやか・しょーこ・ゆかの4人が該当します。彼女らを教えることになるのかというと、4人の授業の選択次第でもありますし、それ以前に僕が男性・4人が女性ということで、男女クラスが分かれている県下唯一の公立併学高である大宮高では、教えることが初めから出来ないかもしれません。
そういったわけで、僕は来年度母校に2週間だけ帰ってきます。校内で僕を見かけたら、挨拶くらいはしてやってください。僕はどうやって返事を返すか戸惑うでしょうけど。「よっ」と軽く返すわけにもいかないし、「あ、こんにちは」と慇懃に返すのも違和感があるんだろうなぁ……。
- 高校時代の思い出(00/09/18)
ま、単刀直入に言うと「演劇部の皆様も、日本テレビの『高校生クイズ』に出てみたら?」っていうことなんだけどね。
確かに僕はクイズが好きで、それで『高校生クイズ』(以下『高クイ』)に3年間参加したっていうのはあるよ。でも、3人1組で参加しなけりゃいけない『高クイ』に出るために組んだチームっていうのは、ホント普通のクラスメートたちでした。その人たちは別に僕みたいに「クイズ大好き!」っていう人とは限らなかったけれど、一緒に出てもらって、彼らも凄く燃えていたのは覚えてる。
で、何で僕が『高クイ』出場を勧めるかというと、一言で言うと「高校時代の思い出になるから」。現に僕は3年生の時は1問目で敗退してとても悔しかったけれど、それでも凄く楽しかった。それに、何より「正解が発表される時のドキドキ」「正解した時の爆発的な歓喜」「不正解の時の異常なまでの落胆」は、普段なかなか味わえないものだと思うんだよね。
と、ここでとある手紙を紹介。
- 来年は頭を冷やして燃えるゾ!
盛り上がる赤と青に二分されたスタンド。その中で心臓に悪いなと思いながら「NO!」と叫んで見つめた、オーロラビジョンに映し出される赤い文字。最高の気分で恥なんか空の彼方へ消し去って絶叫した「ファイアー」。初めて体験した高校生クイズは、期待を裏切らないものになりました。実際に西武球場に来て感じたのは何といっても雰囲気の良さ。しかも今年の太陽を上回る熱気と明るさ。そして僕達をハイテンションにする福澤アナ。これ以上の高校生の祭典は世界中探しても絶対にないと信じています。僕達は2問目で落ちてしまいました。しかも、落ち着いていれば確実に分かっていた問題。来年の僕のモットーは「頭を冷やして燃える!」です。
これは、日本テレビから出版されている本『全国高等学校クイズ選手権・14』のお便りコーナーに掲載されている、とある関東大会参加者の手紙です。というか、僕が1年生の時の大会後に出した手紙なんだけどね。別に僕が自慢したいからここに載せたわけじゃなくって、僕が当時感じた思いをそのまま伝えるものとして挙げてみました。なぁーに、俺の書いた文なんだから著作権なんか関係ないさ。今から思うと「頭を冷やして燃える」なんていう矛盾したことを書いているような気もするけど、それだけ熱気がすごいということ。これだけ熱い体験をして、全然思い出にならないなんてことがあるわけがない。確かに関東大会は7月中旬から8月上旬という、高校生にとっては1学期期末試験とか色々と忙しい時期に行なわれるけど、開催されるのは絶対に日曜日。特に用事さえなければ、参加しても絶対に損にはならない。「受験勉強で忙しいから……」「出たら大学に落ちる」「その1日で将来が決まるかも知れんぞ」そんなの嘘。確かに僕は1浪したけれど、それは『高クイ』に参加したからじゃない。参加しても、合格する人は合格するんだよ。そういう人を何人も知ってる。
さて、最後に、何より「思い出になった」ということを物語る、参加者の言葉を上記の本から引用してこの項終わり。ホント、参加しないと損するよってくらいの勢いだよ!- 3年間で4回の喜びと3回の悔しさを味わった。1つ1つの思い出は、宝となって一生輝き続けるでしょう。
- このクイズで「3人が1つになる」ことを体験し、正解発表の「ドキドキ」を感じたことは、3人共通の夏のいい思い出になりました。 <中略> 私を夢中にさせた高校生クイズがこれからもずっと続いて、私が得たようないろいろな感動を、より多くの人に感じてもらえたらいいなあと思います。
- 予選の日、(略)たくさんの高校生、福澤アナとともに力いっぱい叫びました。次の日はちょっとノドが痛かったけれど、あの興奮は絶対に忘れません、絶対に! <中略> 胸の奥から込み上げてくるよう案、あの震えるような、不思議な気持ちは行った人でないと分からないでしょう。本当に、本っ当に楽しかったです。
- 「参加するかしないか迷っているなら来ちゃいなさい。来れば絶対に損はさせないから」あの福澤アナの言葉は本物だ!
- 年に一度しかないこのチャンス、なおかつ人生において3度しかないこのチャンス。(略)あえなく敗退。(略)最後の夏が終わった。この喪失感、1年ぶりに味わうこの気持ち。しかし、何故かスッキリとした気分だった。自分の意志とは無関係に、涙の向こうに福澤アナの姿が見える状態になっていた。
- 今でもあの日のことを考えると熱い気持ちが込み上げてきます。
- 3年の夏、「まさかの大会不参加」。(略)悔やんでも悔やみきれない3年目の夏。
- 結果は1問目敗退。すごく悔しいのに、なんか嬉しかったりして。
- 私は足をケガして医者に止められましたが、もちろん行きました。(略)行かないときっと後悔すると思ったからです。 <中略> 私にはもう1回チャンスがあります。悔いのない最後にするために1年間勉強します。平均寿命80歳。そのうちの3年間しか参加できない貴重な大会に出られて、とても嬉しいです。
- ドッキドキLOVEメール(01/05/13)
松浦亜弥のデビュー曲をタイトルにしてみたものの、大して意味はない。単に「どきどき」を表わす言葉を探していたら思いついただけだ。しかし、それを堂々とタイトルにして(しかもパクリで)使ってしまうところに、松村君の訳分からなさがあると、自分自身で考えてしまう松村君である。どうせならこの文章自体も訳が分からないものにしてしまえばいいのだが、勘違いする後輩が出てくるといけないのでさすがにそれは回避しておかなければならない。まあ、そこまで気を回したところで、勘違いする後輩なぞいないということも分かっている松村君。むしろ、勘違いしてくれると面白い。
さて、松村君が何を「ドッキドキ」しているかというと、2週間後に迫った母校・埼玉県立大宮高等学校での教育実習である。単に教壇に立つというだけでもどきどきするのに、受け持ちのホームルームクラスが女子クラスだということでもっとドキドキしているのだ。もちろん松村君は身の程をわきまえているから、受け持ったクラスの女のコからラブレターを貰えるなんていう甘い幻想は持っていない。しかし、そういうことを抜きにしても、もともとが女のコに免疫が薄い松村君だから、果たしてまともに喋ることが出来るかどうかなんていうことでどきどきするくらい。可愛いものである。この可愛さをアピールできればモテモテなのだろうけど、あいにく松村君はそこまで可愛くない。
松村君が昨年の9月に書いた文がこの上のほうにあるが、あの頃は若かった……と思う。まさかこんな目(どんな「目」なのだろう?)に遭うとは予想していなかった。てっきり「男の教育実習生だから、ホームルームは男子クラスなのだろう」くらいに考えていたのだが、さすがに大宮高・我が母校である。よりによって松村君を女子クラスに配してきた。まあ、指導教諭である小山友清先生(松村君はこっそり「友清さん」と呼んでいた)が女子クラスの担任なのでこういうことになったのだろう、くらいの推測はできるが。
もちろん、授業のほうも「ドッキドキ」である。大化の改新という少々苦手な分野をやることになった上に、65分授業という荒行を課されることになったのである。しかも、何が驚きといって、5月28日の実習初日から授業クラスを1つ切り盛りしなければならなくなったことが驚きである。というのも、指導教諭が5時間目の授業クラスの時間に用事があって抜けるため、「大学の話でもしてくれ」などという要求をされたのである。そのくらいのことは問題なくこなせる松村君である。しかし、まさか指導教諭がいない状態でそれをしなければならないとは思っていなかった。まあ、面白そうと言えば面白そうだが。65分のうち、課題を20分かけて行なうことになっているので、実際は45分が松村君に与えられた時間である。45分丸々大学の話をしても仕方がないので、20分で大学の話をし、残り25分で『臨機応答・変問自在』の森博嗣氏的講義をしようかと考えている松村君。やる気満々である。
と言いつつ、ここを現役2年生が読んでいたら、どのクラスを受け持つか分かってしまうのだろうなあ。読んだ諸君は黙っているように。特に現役2年生には。現役2年生が読んでいても、自分以外には口外しないでもらいたいものである。ただし、5月28日以降は「人の口に戸は立てられぬ」「あとは野となれ山となれ」。
- 教育実習感想(01/06/15)
2週間は長いようで短かった。一番大変だったのは、やはり教材研究(というか授業対策)であった。家に帰っても、他のこと(この場合「遊び」を指す)をする余裕がない。休日も、半分は休息として睡眠をとり、残りの時間は授業のための資料を探しに図書館に行くということで終わってしまった。休みなど、有って無いようなものであった。ただ単に「教育実習生だから、時間の使い方のノウハウがない」というだけかもしれないが。だが、一度授業の構成を組み立ててしまうと、1つの学年で受け持っているクラス数の分だけ、その構成を使いまわすということができるし、細かい反省点の修正で済むという点では楽だったかもしれない。しかし、それ以上に授業対策が大変である。使いまわすと言っても、それで満足してしまったら授業に向上はないし、また複数の学年を受け持っていると、同じ教科でも教える個所が異なるため、授業対策も2倍の労力がかかる。
私の場合、授業の進め方を板書中心スタイルにするか、それともプリント中心スタイルにするかということがまず大きな問題であった。板書であれば、手を動かしているため、授業中に寝る人は少ないが、プリントを使うときほどの情報量は期待できない。しかし、プリントは情報量は多いが、単なる穴埋めになってしまい、穴さえ埋めてしまえば後は寝ているという人が出てきてしまう可能性がある。私も、結局は全て板書で授業をしたが、初めて授業をしたときには「やっぱりプリントでやるか……」と考えてしまったくらい、情報量の限界を痛感した。そのため、教材研究の重要性を実感。板書は、情報量は限られるが、その分“深さ”が必要となる。本などによる下調べの量が“深さ”につながるのだ。この“深さ”を求める過程で、私は人生で一番素晴らしい勉強をしていた気がした。それは、質・量共に、自分で主体的に関心を持って知識を得るということである。教えることを仕事にするだけでこんなにも勉強が楽しくなるのかということを感じた。もちろん、人に教えるということを仕事にする以上、教えられる側の人間よりも多くの知識量を持っていることは必須事項なのだが。
今回、男子クラス・共学クラス・女子クラスとそれぞれ1つずつ担当したが(大宮高は併学)、各クラスで授業に対する反応が違っていて難しかった。反応の良さは「女子クラス>共学クラス>男子クラス」の順だろうか。当然、反応の良いクラスほど、授業はやりやすい。しかし、何より生徒とのやり取り・コミュニケーションが大切だと感じた。それがなければ、何をどんなにやってもダメだろう。
授業関連以外の部分だが、学級経営・3年次の科目選択・進路相談など、色々なことをやらなければならず、授業の準備にかかりっきりになるわけにはいかないという、バランスのとり方も勉強になった。科目選択に関するいくつかの書類の集計などを任されたが、仕事をしている最中に生徒が相談に来たり、そもそもの生徒からの書類の提出が締め切りに間に合っていなかったりして、いくらでも障害(前者は障害とは言わないが)が出てくる。
いずれにせよ、長いようで短く、苦しいようでも楽しく充実した2週間であった。教員になるという自分の夢を再確認させていただいた。
とまあ、こういう文を、実習のことで大学に提出する冊子には書いた。しかし、付け加えるならば、「教師とはエンターテイナーであるべき」だとも思う。生徒から授業に対する「やる気」を出させるために、そういった授業を行なう。話がローリングしているように思うかもしれないが、そういうことだと思う。教育とは、学習者に「何かを学んでやろう」といった意欲がない限り、“教師”とされる側が何をどんなに行なったとしても無意味である。教師がすべきことは、学習者から授業に対する「やる気」を引き出すことだ。そのため、「やる気」が出るような授業をすべきだということである。
教師はエンターテイナーであるべきだというのは、「授業に魅力がなければならない」という意味で言っている。そのため、授業はエンターテインメントであるべきだし、生徒を引きつけなければ意味がない。何の関心もなく寝ていたり、意味もなくただひたすら話を聞いているだけだったり、板書を写しているだけでは、生徒から「やる気」が感じられるとは言えないではないか。
また、教師の評価と生徒の評価が一致しないのも興味深い。研究授業では、見学にいらっしゃっていた現場のプロの教師の各先生方からは好評価を頂いたものの、実際に何回も授業を受けてもらった生徒のアンケートでは「板書を写しているだけで話が聞けなかった」といった評価をもらった(その一方で「研究授業では良くなっていた」という意見もあったが)。
私はこの場合、生徒の意見を優先したいと思う。外部から見ているだけの人間より、実際に授業をされる対象者の意見のほうが、実感として感じられるからだ。つまり今回は、板書の比重が高く、生徒にとっては少々キツイ授業であったということだ。これは反省材料。
ところで、そういった授業の面や人間性の面などで、ホームルームクラスだった2−8の方々から、僕はどう思われているのかな……?そりゃ物理の斎藤先生ほどの人気があるわけじゃないのは分かっているけど。先日、書類の件で昼休みの時間に高校に行ったとき、バッグから僕だということを理解して、わざわざ職員室にまで話をしに来てくれた2−8の女のコが2人もいたし。微妙ですなあ。誰か、正確な情報をください。タレコミ情報、待ってるよ〜!
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