『アート化された学校環境について』

アートの解説

 平成十年度に本校は八十五周年を迎えました。その行事の一環として、校内に優れた芸術品を展示しようという働きかけが始まったのをきっかけに、現在では本校には数多くの芸術品(アート)が設置されています。
 そこで今年度の文化委員会のレポートは、「アート化された学校環境」というテーマで鯖江高校生のアートに関する興味や関心を取り上げました。先ず、各アートについての生徒による解釈を載せました。また、クイズ形式でアンケートし、その結果を考察することで、少しでも今後のアートに対する興味や意識が深まることを期待しています。

産む石

 鯖江高校の生徒でこの作品を見たことがないという人はもぐりといっても過言ではありません。本館前に庭に位置し、登下校時には必ず目に触れることでしょう。素材は御影石で、ひび割れの中にはベンガラが塗られています。作者である山口牧生はこの作品についてこういっています。
 石の中には漆黒の闇と永遠の沈黙が予想される。古墳の内部に予想されるものも同じく闇と静寂である。古墳があるというということは古い文化がそこにあったことを証明している。そして、そういう古い文化は、目に見える形で今日につながらないとしても、必ず伏流水の如きものとなって現在によみがえるものだろう。そして、生命をはぐくむ母胎というものにも静寂と闇寄り添っている。石の中、古墳、母胎、この三者を結ぶキーワードは静寂と闇である。
 鯖江高校の置かれた地理的・歴史的環境を象徴し、そこから生まれ育つであろう。真に創造的な精神をたたえるために、このモニュメントは構想されたわけです。

コットンピース

校内17カ所に設置してある四角形のピンクのコットンピースの、作者は、アンドレアス・カール・シュルツさんです。シュルツさんは、1955年にドイツのリェイドというところで生まれました。
 5p角のカラフルに色彩したコットンピースを、持ち運び壁に張り付けていくという表現は、絵画や彫刻など、これまでのカテゴリーに属さない新しい芸術として、近年高く評価されています。シュルツさんの作品には、額縁もキャンパスもなく、常に空間と密接に関わり、私たちが日常意識する事のない空間に目を止めさせる力を持っています。それでは、校内17カ所とはどんなところなのか説明します。
@本館一階職員玄関(左右外壁) A本館一階応接室
B本館三階情報処理 C普通科教棟一階購買窓口上部
D普通科教棟二階3-7教室前手洗い左側面
E普通科教棟四階1-6教室 F第一特別教棟三階音楽室
G第一特別教棟三階女子便所 H第一特別教棟二階礼法室
I第一特別教棟一階調理実習室 J第2特別教棟三階図書室
K第2特別教棟一階化学室 L定時制教棟二階職員男子便所
M定時制教棟屋上ウォータータンク N第一体育館ステージ右側
O上野ヶ原会館食堂 P第一クラブハウス武道館横
  皆さんは,この17カ所のうちどのくらい見つけることが出来るでしょうか?一度探して見て下さい。

ストーンゲート

作者は、ミハ・ウルマン。ウルマンは見る者に自身の想像力を働かせ、作品を組み立ててもらおうと考えている。そのため、この「ストーンゲート」も一個の岩石からできている。ウルマンは30年間、「上」と「下」をつなぎ合わせたり、切り離すかを判断する微妙なゾーン「地面」と「靴底」の隙間に芸術的観念を抱いている。そこに存在する「くぼみ」を何よりも大切なものとして多用している。ウルマンの希望は見る者が芸術の上を歩くことらしい。「ストーンゲート」には、福井県産の岩石が用いられ、その形状は、鯖江市を囲む稜線に酷似している。そして、学び舎としての経験を積み、質問を投げかける場所としての学校にも、非常に関係していると考える。
作品は自然と、化学と文化、それらはすべての学校で学ぶことの出来る分野との相関に基づいている。ウルマン曰く、「人々が想像力を膨らませば、すべてのゲートは開くだろう。」

無題(油絵)

 私たちの生活の中にある「画面」は、テレビ、映画、本、パソコンポスター等、ほとんどすべてが四角形をしています。これは、製造する上での効率的な理由の他に、絵画など「画面」の多くが、「窓」の隠喩として機能してきたことが挙げられます。輪郭は「窓」のように働いて、それを眺める人の側の空間に属する。いびつな円形の画面自体が図となって、大きなもうひとつの画面を感じさせる事にもつながります。この絵は色彩と形態とが織りなす画面内のできごとに加えて、それが画面の外とも関係をもつ不思議な効果を生み出します。

 

沈黙の風景

 この作品は、福井県出身の土屋公雄さんの作品で、灰と鉄、ガラスを原料に仕上げたものだ。土屋さんはこう言う「私がこれまで関わってきた灰は、現在私の住む松戸近辺で廃屋となり、解体された家屋から出るさまざまなマテリアルを焼却し得たものである。私の灰制作へのプロセスは何度とない燃焼にあい燃え尽き限りなくゼロの地平に還元される。これは灰それ自体が必然的に時間制を、より根元的なレベルで問いかける行為なのである。私自身、灰の持つ意味を物質の終焉とは捉えていない。このことは生と死の問題に置いても生と死のあいだに明快な境界を持たないという事であり、死は生の延長線上にあり、生もまた死の延長線上にあるという、自然循環の考え方なのである」
色使いは暗い感じがするが、その分奥深そうで見ているものを引き込んでいくようだ。土屋さんはこう書いたがみんなはどう感じるだろう。

 

アルミ(無題)

 作者名:橋本夏夫
 サイズ(cm):H200.0/W59.0/D3.0
 完成期間:1991〜1996
 材質は、アルミニウムでアルミの板を切断し溶接して作ったもの。アルミ(無題)は、やや波うった面。鈍いアルミの反射。形を形成する為の溶接とそうでない溶接。そして出来上がったシンプルながらいびつな姿になっている。
アルミ(無題)の見方:この作品の前に立ち、これらの目に跳び込んでくる情報をそのまま受け入れれば良いのでは?「この中にある作家のメッセージをなんとか探り当ててやる!」なんて難しく鑑賞されることを作家も作品も望んではいませんよ、きっと。

 

刻むこと

 複数の石を配置することで、ある「場」をそこに生み出します。「場」というのは、複数の要素間の「関係」によって成り立つ空間という意味です。私たち人間同士でもそうですが、ひとつの要素だけでは関係は生まれません。彫刻において、背の高い石どうし、低い石どうし、高い石と低い石、石それぞれと全体、さらには石全体と周囲の空間、こうした要素間の関係が繊細に複雑に派生していきそれを見る私たちに多彩で豊かな楽しみを提供してくれます。こうした「関係」をどのように生じさせ、構成するかを作者はコントロールするのです。
地の翼
 一見単なる塀のように思えるが、実は立派な芸術作品。この作品を造ったのは、以前、鯖高で美術を教えていた岩本宇司先生で、鉄でできている。この作品ができた理由は目かくしの塀を兼ねて彫刻を設置したらしいのだが、きっと、この奥には何か別の意味が秘めている気がする。そこで私が頭をしぼりにしぼって考えたもう一つの意味はこれだ。ある日、先生は散歩に行き、ふと気がつくと靴ひもがほどけていたので、しゃがんで、ひもを結んだ。そして先生は地面を見てこんなことを思った。「地というのはいつも世界を下からしか見れない・・・。」すると先生は「地にも上、斜めから世界を見てほしい」と思い、地に翼をつけたのだ。
こんな意味が秘めているかどうかはわからないが、もし本当なら、地は世界をいろんな方法で見る力を手に入れた事になる。もしかすると、夜中に地が飛んでいるかも知れない