ROCK IN JAPAN FES.2004 8月7日(土) Vol.2


曽我部恵一 with ダブルオー・テレサ

ライムスター終演後。このまま曽我部恵一を待とうかと思ったが、さすがに喰ってないと
お腹は空くもので、何か喰おうと思った。しかし列ができている。まだ時間もあったのでオフィシャルグッズを買いに行く。オフィシャルグッズ売り場は意外と空いていた。パンフレットとTシャツ(5番のXL)を買う。そしてフードブースへ外人さんが売っていた。何たらケバブを頬張る、屍 回して 炙って 切り裂き 小さくなったそのお肉を頬張る。カンの強い方は分かると思います。そうですミスチルの「LOVEはじめました」の一節です。並んでいるうちに演奏スタート。「あっ!」と思ったが、次の次で帰るという状況だったのでとりあえず我慢。そして買って、シートゾーンに座ってライヴを見ながら食べることにした。

今年は、彼がプロデュースしたバンド、ダブルオー・テレサを従えての演奏。前の銀杏BOYZやライムスターのようなダイヴだ!モッシュだ!的な感じは全然ない、それが曽我部恵一ワールドなのかもしれないけど。今までは夕暮れ時や夜のROCK IN JAPAN出演だったのですが、今年は比較的空がまだ明るい時間での出演なので、新鮮にも思えた。しかし気付いたら空は曇っていた。ライムスターの時のような快晴は幻のように消えていた。どうやら東京の方から来たらしい・・・。ということはサマソニはどうなってるんだ?とも思った。

今日の曽我部恵一のライヴは新曲が目立った。“サンデイ”や“スワン”など聴いたこと無い曲ばかりだったが、フードブースから聴いていても曽我部恵一が始まったんだなと思える曲ばかりだった。そして「久々にやります!」というMCと共に“サマーソルジャー”へ!
改めて曽我部恵一はサニーデイ・サービスのメンバーであったということと。この曲がいかに夏に最適な曲であるかということを知らされた気がした。

MCでも歌のときも曽我部恵一は凄い優しい声で、この時間は曇り空も気にならなかった。
海の話から“浜辺”へ「♪夕方には 夕方には ここを出て ここを出て」と今から訪れる夕暮れを迎えるように歌い、そして“瞬間と永遠”では徐々に手拍子が起こる。このころには私はスタンディングゾーンにいて、一緒に手拍子をしていたのだが、いつの間にかその手拍子はシートゾーンにも伝わっていた。そして、そのまま“STARS”が始まり、バンドメンバーは今までになかったくらい暴れまくり、途中で曽我部恵一がマジで滑って転んでいて面白かった。

そして最後「出たばかりの曲です」と“LOVE-SICK”へ。「Everything gonna be alright!」は新曲なのに大合唱が起こる。今まで曽我部恵一は比較的スローなイメージがあったのだが、一気に覆された気がした。
ハナレグミ

スタンディングゾーンはあまり大きな動きはなかった。曽我部恵一〜ハナレグミという流れは割とよかったと思う。曽我部恵一が好きな人はハナレグミも好きだと思うし、ハナレグミが好きな人は曽我部恵一も好き。そんな人達にとってこの2組の連続はよかったとおもう。

セッティング終了間際に登場した永積タカシ。ライムスターの時と服は替えていないようだ。赤の帽子はもはや彼のトレードマークとなっているといってもいい。「あれ?これはもう始めちゃって良いんですか?」と確認をして、ハナレグミ・オン・ステージが始まった。
ハナレグミの始まりの合図はやはり“音タイム”。イントロをギターで奏でた瞬間だっただろうか。レイクステージという存在の素晴らしさと、そこにどのアーティストよりもマッチしているハナレグミの姿に私は少し感動を覚えたくらいだ。そして、そのままご機嫌ナンバー“レター”へ。この瞬間ステージがパァーッと明るくなった。時刻は5時前後だっただろうか・・・。
夏の午後5時にこんなに照明によってステージが輝くのもおかしいと思ったけど、どうやら曇り空が起こした悪戯らしい。でも、そらは雲を交えてオレンジ色に輝いていた。

「これチクチクするからとっていい?」と花の首飾りを取ったり、「タカシー!」とお客さんに叫ばれ「名前で呼ばれちった。」と、MCの中にもハナレグミらしい親しみやすさがあった。
「『なんだ、山田はひたちなか行くのか?』『はい、そーですぅ〜』」と一人芝居も交えていた。そのまま名曲“さらら”へ。他のアーティストのように派手に動くことはないハナレグミのステージ。いつの間にか、老若男女そして好きなアーティストの違いを問わず、誰もが彼のステージを目を輝かせ見ていた。

MCで永積が一言。「シャボン玉が飛んでるぜ〜」。
このシャボン玉、私の近くにいた女の子達が吹いていたもので、他の人達もアチラコチラで吹いていたのですが、この人達は本当に素晴らしいと思えた。この人達こそフェスのテーマは自由ということを誰よりも上手に活用をした人達だと思う。誰にも迷惑をかけることなく、しかもそれが演奏にマッチして新たな感動を呼ぶ。この人達にこの場で拍手を送りたい。

“MUSICA”に突入したときだろうか、鳥の鳴き声が出せる笛をドラムのASA-CHANGが静かに吹き出すと。周りから「感動・・・。」と女の子達がポツリと。本当に感動の瞬間だった。
“Wake Upしてください”の冒頭。タイミングが合わなかったのか。「もう1度やらしてください」とやり直し。次第に拍手が起こる。この仕切直しは逆に良かったかもしれない。
「この間、初めてワイハに行ってきたのよ」という永積に「いいなー!」とお客さん。すると
「いいっしょーー!!フフフッ」と不敵に笑う永積。この「フフフッ」と喋った後に笑うところが
ハナレグミの特徴でもあり癖なのだが、お客さんはそこが面白かったらしい。

そして、“家族の風景”“ハンキーパンキー”と最後は、ハナレグミという名の一つのベッドにみんなが寝ているかのような不思議な空間が生まれた。誰もが癒された瞬間だった。
MASTER LOW

まず、このタイムテーブルを決めたROCK IN JAPANのスタッフさんに感謝したい。何を感謝したいのかというとMASTER LOWをレイクステージにしたことだ。グラスステージとレイクステージを「知名度」で分けていると思ってる人もいるだろうが(実際、そうかもしれないが)。でも、「このアーティストはレイクステージでなきゃいかん!」って人もいる。例えばハナレグミやクラムボン,昨年の奥田民生の弾き語りステージのように。小さな空間というのが似合うアーティストや、今年のトップバッター(レミオロメンとカブって見られなかったけど)のPENPALSやB-DASHのようにライヴハウスを拠点としているアーティストはグラスよりもレイクの方が逆に様になっている。いかんいかんMASTER LOWの話だったんだ。

MASTER LOWの反対側で演奏をするのは人気絶頂のASIAN KUNG-FU GENERATION。
このホームページでフェス前に行ったアンケート(結果出さないままだったが)で見る予定のアーティストで一番票が集まったのは、このアジカンである。そんなアーティストに対等で勝負できるのがこのMASTER LOWだ、おかげで裏がアジカンなのにこんなに人が盛り上がってるいのかと見せつけることが出来た。それとスタッフはきっとお客さんの割合が「3:1」ぐらいに分かれるようにタイムテーブルを作るのだろうけど。MASTER LOW目当てのオーディエンスは他のオーディエンスとは比べ者にならないくらいのエナジーがあって「3:1」に分かれていようが、その「1」を「3」に変える力がある。そんな人達がグラスに行ったら「3」が「9」になってしまう。そう考えるとグラスは大変なことになっていた。

そんなレイクステージだが欠点がある。一組のアーティストが始まり、次のアーティストが始まるまでの間隔は予定時間では1時間と5分。つまり65分。セッティングに30分費やすとすると1組の持ち時間は約35分。当然35分で満足できるアーティストなんているわけがなく、セッティングだって一つ狂いが生じると30分を越える越えない極スレスレな時間である。
ハナレグミもそうだったがMASTER LOWの登場時間は5時半頃だったのだが、気付いたら6時近くになってしまっていた。「出演時間は変更になる場合があります」と改めて言ってある構わないが、この辺は少し改善してほしい。

私は今朝、車で会場に向かうとき「MASTER LOW 3」を聴いてきたので準備は万端だ。
まずはLOW IQ 01意外のメンバーが登場。昨年の黒とは違い今年は白を主とした明るい色の服を着ていた。そして1曲目“Game”が演奏スタート。この演奏、物凄く迫力がある。
『MASTER LOW』というバンドはLOW IQ 01だけではないということを知らされた。
この演奏が始まって5分ほどだろうか、やっと主役の男が登場した。「So Easy」のPVのような青のスーツ姿。この瞬間、オーディエンスは「1」を「3」にし始めた。“Mirachle”から、あれだけ禁止です!と訴えていたはずのダイヴ・モッシュが一気に始まった。そして“F・A・Y”という非常に短いけど、その間にオーディエンスはとてつもないスタミナを使う曲が終了し、
私の予想では最後にやると思われた“So Easy”が炸裂。この時ほど『一体感』というものを感じた瞬間はなかった。CDで聴くと非常にゆったりとしたミディアム・テンポの曲なのだが、ライヴではメンバーによる胸にくる演奏や、MASTER LOWの歌声によりCDとは比べものにならないくらいのアッパーチューンに生まれ変わる。サビの部分のお客さんの大合唱は凄い良かった。いつの間にかシートゾーンのほとんどの人が立ち上がっていた。しかし、そこで終わらないのがMASTER LOWであり、お客さんのこの『一体感』を止めさせない。次の曲はイントロで興奮した“Never Shut Up”。この曲もCDではミディアムテンポなのだけど、ライヴはもの凄いアッパーチューンとなった。ここで一回ブレイク。LOW IQ 01のMC先程のまでの雄叫びのようで涼しげで尚かつカッコイイ歌声はどこへいったのか?普通の兄ちゃんの口調になっていた。「今日は気合いが入ってますから」、と一言。本当にいつものライヴなんかよりも、このライヴに対する思い入れが強いことがこの一言からよく分かった。特に「気合い」の部分は、これ以上に「気合い」という言葉を上手に表現できない言い方だった。

そんなMCから始まったのは“SWEAR”!この瞬間、私を含めオーディエンスは何か体中の実が弾けたような気がしただろう。これぞ“狂喜乱舞”というのかと思うほど私達は踊り狂っていた。そして、そのまま“SWEAR”の熱を冷まさぬよう“LITTLE GIANT”。
その後は狂喜乱舞は休んで“#6(Keep It Shine)”へ、この曲では「♪PaPaPaPa」の部分で手拍子が起こった。この手拍子は誰もが「やるべきだ」と思ったのだろうか。誰かが始めたことをきっかけに皆がし始めたのではなく、この瞬間、その場にいたほとんどが手を上に挙げた。『MASTER LOW 3』のリリース後初ライヴとは思えない。まさに『一体感』であった。

そして“MAKIN'MAGIC”で再び体を温めた後、LOW IQ 01の作品では一番クールな曲“YOUR COLOR”へ。イントロの瞬間、黄色い歓声が響いた。昨年のAIRの時の“Last Dance”の時のような歓声だ。やっぱり良い曲には誰もが引き込まれてしまう。
“Doo-Be-Doo-Bah”が終了後。「じゃね!」とステージを去るイチ君。これだけ体を動かしてしまっては疲れてしまって駄目なのが普通だが、ライヴの魅力というのは動くことで更に動けるということである。より体が軽やかになった私は急いでグラスへ向かった。
Dragon Ash

いよいよ本日のラストDragon Ashへ。毎年毎年トリとして素晴らしいアクトを披露してくれるDragon Ash。オフィシャルの掲示板には「また呼んだのかよ」などのバッシングが毎年のようにあるのだが、結局この時間になるとDragon Ashを求めているファンが一気に集まる。それだけ偉大な存在なんだなと実感させられる。

LOW IQ 01終演後。急いでグラスに直行したのでライヴ前に着くことが出来た。しかも割とステージ付近へ行くことも出来た。モニタには既に「NEXT ARTIST Dragon Ash」と表示されていよいよ始まるという状況だった。モニタの画面や両脇の幕などと一緒でその場にいた全員が体中を青の炎をメラメラとさせて待っていただろう。そしてついに流れていた元ちとせの音楽が止まって(この時、私の横で高校生らしき男2人が「なんでDragon Ashの前に元ちとせ流すの?意味分かんねぇ」と言っていた。少し嫌な気分になった)、モニタが自然の草花を映した映像となった。Dragon Ashは毎年、このモニタにちょっとした映像を加えているところが面白い。そんな映像に夢中になっている間に、メンバーが登場。そして桜井がイントロが終わるとゆっくりとスティックを叩き始めた。1曲目はなんと“Life goes on”だった
この曲2002年に本編のラストを飾った曲でもあり、彼等のツアーでもアンコールのラストに演奏された曲だった。その曲を1曲目に持ってくるとは誰もが思わず、そのゆっくりと鳴らされたそのイントロに驚愕の声が飛び交っていた。この曲の一番盛り上がる部分の前にKjが「飛び跳ねろーー!!」と叫ぶ。凄いこれ以上にもない鳥肌が立った。もちろんオーディエンスもそれに答えるかのように飛び跳ねていた。地響きのような衝撃と、ビッグウェーブのような人の波が融合し、それはそれは凄いものであった。

そのまま2曲目、最新チューン“Shade”へ。Dragon AshはこのROCK IN JAPANの時期になると、まるでこのフェスに合わせるようにシングルなりアルバムなり必ず作品のリリースをしている。2000年は「Deep Impact」,01年はアルバム『Lily of da valley』,02年は「Fantasista」,そして03年はアルバム『Harvest』,そして今年はこのShadeだ。
昨年、ギターのhirokiが正式加入してからのDAのサウンドは物凄いギターの音が体を揺さぶらせるようになり、より一層ロックバンドとしてのサウンドを増していた。ギターのhirokiの加入は“4+1=5”とただ足し算をしただけでも“4×2=8”のように掛け算をしたわけでもなく、“4”を2乗して“16”になったような新たなDAを生み出していた。
しかし、Dragon Ashはこの5人だけではない。ATSUSHIとDRI-Vという素晴らしい2名のダンサーもいる。このダンスはライヴでしか味わえないDAの魅力中の魅力でもある。この二人のダンスは1色の色に新たな色を足して更に鮮やかな色をDragon Ashという名の1枚の紙に塗るような存在であった。

そのまま“Posse in Noise”“Revive”とアルバム『Harvest』のオープニングを飾る曲が炸裂。「今晩は!Dragon Ashです!よろしくお願いします!」Kjは何度もこう叫んだ。このフェスのために準備を重ねてきたKjのニッポン男児らしい気合いの一声に歓声が飛び交う。

BOTSのDJで繋いでいる間にKjはギターを抱えた。そして鳴らされたのはアルバム『Mustang!』の“Maximum of life”。この時期はDAはBOTSもまだいなく、3人として活動していた。しかし今、この曲をこのメンバーでやると、ギターは2つになることで新たな持ち味を発揮し、ベースは更なる低音を僕らの胸に響かせていた。ステージ後方のカラフルな電飾によって照らされた姿はまるでレディオヘッドのようにも思えた。いや、もしかしたらレディオヘッドを越えていたかもしれない。次の曲はどうやら新曲だったらしいが、イントロでhirokiが奏でたギターとはとても思えない。まるで骨の関節が鳴る瞬間をモロに聴いたようなサウンドが凄かった。そして次の曲にも驚いた“Invitation”だ。アルバム『Buzz Songs』に収録されているこの曲は、正式加入前のBOTSがターンテーブルから繰り出したサウンドが、新たなロックスタイルを生んだ曲といっても良い。この時期、バンドサウンドにターンテーブルが加わるというのは邪道のようにも思われていたが、今ではそれがDragon Ashの重要な装備言ってみれば鎧のような存在となっていった。そして“Morrow”の後、ゆっくりとKjがMCへ。

「ホント、毎年このフェスには呼んで貰って感謝しています。・・・この場所のことを歌った歌を歌いたいと思います。」そして鳴らされたのは“百合の咲く場所で”だった。今、きっとDragon Ashを好きな人に“DAで好きな曲は?”と聴いたら、この曲がトップに立つと思われる、この曲。この曲には毎年感動させられる。昨年はmach25の出演辞退をこの場所で待っているという気持ちを込めて歌い上げた。残念ながらmachは今年7月に解散をしてしまったが、
それでも03年、再び羽根を広げようと再起したのは、この時の力があったのかもしれない。
そして、今年。この曲を「この場所」のことを思って歌ってくれた。「敬愛」というものは誰にでもあるものだと私は思う。親や恩師,歴史上の人物そして環境。奥田民生やエレカシもそうだと思うが、Dragon Ashほどこの場所のために全力を注ぎ、この場所のことを愛しているバンドはいないと思う。そこからは何か、あっという間だった。“Canvas”や“Fantasista”は2年前日本中を沸かせたワールドカップよりも会場が一つになり合唱していた。そして、本編ラストは、“静かな日々の階段を”。この素晴らしき大自然の空気を吸い込むようにKjは歌っていた。本編終了後、勿論起こったアンコール。

登場した彼等は全員ROCK IN JAPAN FES.2004のTシャツを着ていた。まさに「敬愛」だ。
そして、本当の最後は“Viva La Revolution”。誰もがこのROCK IN JAPANという名の革命を祝っていた。“時には〜”の所で一瞬Kjが歌うのを止めた。モニタを見ていた私は“♪優しい鳥の声がほら目覚めを誘っている”と歌った後Kjが目を赤らめて鼻を啜るところを見ていた。彼等がステージから去っても、その時のことばかりが脳裏に焼き付いていた。