Moon-つき-

 

<1>

 

ふう。

思わずため息をついた。

時刻は午後10時。

夜の空には銀色の三日月が架かっている。

私はこの公園から見る月が一番好きだ。

暗闇の中で見る月はネオンの下の霞んだ月よりずっと綺麗だ。

足を止めて空を見上げた。

いつも家に帰る前に少しだけここで休憩をする。

中学3年ともなれば高校受験を控え、塾通いというのは当然かもしれない。

どうせ、娘なんかどうでもいいくせに世間体だけは繕うとする。

帰ったところで、二人とも家にはいない。

仕事に余所の男にいろいろと忙しいらしい。

もう一度ため息をついて、視線を元に戻した。

ふと見ると目の前に人が立っていた。

年はきっと私と同じ位、でも性別がはっきりしない。

本当なら逃げるべきなのかもしれない。

でも、私は動けなかった。

その人が余りに綺麗だったから。

暗闇とは正反対に透き通るように白い肌、鈍く輝く銀色の髪と瞳。

天使が降りてきたのだと思った。

羽はなかったけど。

「何してるの?」

その人は聞いた。

その声は、鈴がなるように凛々しい。

「・・・・・・」

言葉が出なかった。

その人の目は私を真っ直ぐに見ていたから。

私は吸い込まれてしまいそうだった。

「君の望みは何?」

また、その人は聞いた。

優しそうににこりと微笑んだ。

その人なら何だって叶えてくれそうだった。

「・・自由になりたい。」

とっさにそう答えた。そんなこと今まで思ってなかったのに。

「君は自由だよ。何処へ行っても何をしてもいい。」

彼、確証はないが彼は言った。

「違う。こんなの自由じゃない。」

学校と塾の往復ばかり。何もできない、何もしたくない。

「君が何もしないだけ。それも君の自由。」

やっぱり優しく微笑みながら彼は言った。

夜空の月と同じ微笑み。

綺麗で悲しい。

「君は何だってできる。」

歌うように、呪文を唱えるように彼は言った。

不思議と何でもできるような気がしてきた。

「じゃあ、空を飛びたい。できる?」

小さなころの夢を言ってみた。

なんとなく思い出した。

空を飛びたいと言ったら、母に無理だといわれたこと。

「無論。仰せのままに。」

彼はにっこりと笑った。

ゆっくりと私は宙に浮き出した。

彼はふわりと地を蹴ると私の手を取って空へ舞い上がった。

ゆっくりと下が見えてきた。

赤や青のネオンがきらきらと輝いている。

人工の明かりが街を照らし出している。

でも、私はそんなものより空の月を眺めていた。

近づいても近づいても遠くにある。

絶対に届かない。届くはずがない。

突然、上昇が終わった。

少しずつ、少しずつ下へと降りていく。

地上の明かりが近くなっていく。

この時が永遠ならと祈った。

でも、そんなことはあり得ない。

パタンと地面に足がついた。

「もうお終い?」

私は聞いてみた。

彼が行ってしまうのが寂しかった。

「お気に召されましたか?」

彼は、やっぱりにこりと微笑んでいった。

「勿論です。」

精一杯胸を張って言った。

きっとこれで、もう2度とこの人には会えないとわかったから。

「それは、光栄です。」

彼はそっと私の手を取って口付けをしてくれた。

そして、現れたときのように唐突に消えてしまった。

空にはまだ、銀色の三日月が輝いていた。