Nocturne


さわさわと夜風が木の葉を揺らす。
夜闇に紛れて2人連れの少女が裏通りを歩いていた。
辺りには暗闇が広がってはいたが、大通りのざわめきが消えることはなかった。
ユージア王国王都、ヴィラ。
ユージア王国は西に位置するたいして大きくもない国だが、鉱山資源に恵まれていた。
金、銀などを多く産出し、他国との交易が盛んだ。
自然、王都ヴィラは古今東西の富と人間が溢れていた。
「ねえ、気づいてる?」
傍らの女にフィオナは話し掛けた。
緑色の目が闇の中で楽しそうに踊っている。
まるで小鳥を見た猫のように。
「一人。」
話し掛けられた少女は素っ気無く答えた。
彼女は闇に溶け込んで姿が判らなくなっていた。
黒いローブを着ているせいだ。
表情も見えない。
彼女の名はルカ・フィルドーラ。
「心当たりは?」
「さぁ。」
その声はわずかに笑いを含んでいた。
「ありすぎて?」
「他に何がある?」
「まあね。」
丁度、一際人気のない地区に差し掛かった。
彼女たちはそこで足を止めた。
「誰?」
ルカはくるりと後ろを振り向いた。
「夜中に女の子の後を付回すなんてあんまりいい趣味じゃないと思わない?」
フィオナは、言いながらどこからか取り出したナイフを投げつけた。
シュッと空を切り裂く音がした。
「いきなりご挨拶だな。」
フィオナがナイフを投げた方向から男が現れた。
まだ若い男だった。
暗闇の中で金の髪が目を引いた。
彼女たちといくらも変わらない年齢のようだ。
「何か用?私たちはあんたを知らないんだけど?」
フィオナは現れた男に厳しい視線を送りながら言った。
「だが、俺はお前達を知っている。」
彼は剣を抜いた。
それだけで、彼がかなりの使い手であることがわかった。
気迫が違っていた。
しかし、フィオナは怯むことなくナイフを投げつけた。
狙いは正確だった。
が、彼は、さっと身をかわすと剣を閃かせた。
フィオナはそれを軽く流し、彼女もまた剣を構えた。
二、三度剣を交え、詰め合うが勝負がつかない。
ルカはというと、戦いをフィオナに任せ、彼女の好きにさせている。
こういうとき、下手に自分が手を出せば、自分の楽しみを邪魔されたと彼女が怒り狂うことをよく分かっていた。
「うーん。やっぱ、剣はだめだね。」
決着のつかない勝負にだんだん飽きてきたフィオナはそう言うと、剣をぽいっと捨ててしまった。
「ごめんね。飽きちゃったし、そろそろ片つけよう?」
そう言うと、彼女は一気に飛んだ。
瞬間、男には何が起こったのかわからなかった。
ただ、がくりと崩れ落ちた。
「フィオナ、満足したか?」 その結果に全く反応せずにルカは言った。
「うん。」
「じゃあ、行こう。」
「後始末はしなくていいの?」
「見ろ。王家の紋だ。」
ルカはフィオナの質問に直接答えず、身動ぎしない男の剣の柄を指差した。
盾と金糸鳥とが組み合わさったそれは確かにユージア王家の紋だった。
「こういうのには関わらない方がいい。」
「確かに…ルカ、行こう。後で捕まったりとかしたら大変だし。」
フィオナはさっと意見を変えるとルカに向かって言った。
彼女たちは踵を返してその場を去ろうとした。が、
「ま、て…」
「へぇ、喋れるの?」
心底面白そうにフィオナは声をかけた
「自分が何をされたか分かってないんでしょう?
死なないから大丈夫。 楽しませてくれたお礼だよ。
明日の朝には誰か見つけてくれるでしょ。」
そう言うと、二人はその場を立ち去った。

翌日、街のよくある食堂にて。
「しかし、あいつなんだったんだろうね?
意外と、気の狂った殺人鬼の王子様だったりして。結構いい男だったし。」
可愛らしい顔立ちのまだ幼さの残る少女が言った。
しかし、何より印象に残るのはその翡翠の瞳だった。
「さあな。」
連れの方は随分と素っ気無い返事を返す。
声からやはり女性であることは窺い知れるものの、その姿は黒いローブで覆われわからない。
「腕は悪くなかったのよね。」
緑の瞳の少女――フィオナのほうも、どうでもよさそうに食事を続けていた。
「そうだろうな。フィオナと互角なんだから。」
「まあね。でも、剣は専門じゃないもの。」
「わかってる。」
「でもあいつ、私達のこと知ってるって言ってたよね。」
「だが、神殿関係者ではないみたいだったぞ。」
「・・・みたいね。」
やや表情を曇らせてフィオナは答えた。
「早めにこの街は切り上げた方が良さそうだな。」
と、二人は口をつぐんだ。
近付く陰があったからだ。

「おい、あいつらじゃないか?」
二人組みの近衛兵たちは、手配書の二人を見つけ出した。
「ええ。しかし、黒い方はわかりませんが、もう一人は随分と可愛いいですね。
本当に、あんな子が凶悪な犯罪者なんでしょうか?」
若い方が躊躇う。
「さあな。俺たちは言われたことだけこなしてりゃいいんだよ。」
二人は、すたすたと、二人組みに近付いた。

「おい、ちょっと来てくれるか。」
近付いてきた兵士が言った。
「何の御用?女の子を誘うなら、もっと他に言うことがあるでしょうに。」
ちらっと兵士を見てフィオナは答えた。
「君たちには、重要な容疑がかけられている。私たちと来てもらおう。」
兵士は反抗的なフィオナの態度にやや、高圧的になった。
「昨日のあれか……」
「ちゃんと、始末しときゃよかったね〜」
二人はどんよりと呟いた。
「悪いんだけど、今、食事中なの。
 後で、も一回来てくれる?」
首を傾げ、愛らしい猫のようにフィオナが言った。
「何?」
兵士の声に怒りがこもった。
「もう一度言う。
 私たちと来い。手荒な真似はしたくない。」
「してみれば?」
挑発する。がしかし、
「フィオナ、今は不味い。」
ルカに止められた。
騒ぎを起こせば、店への賠償なども絡み、面倒な事になると考えたのだろう。
「わかった。行こう。」
ルカは、まだ名残惜しそうに皿を見やるフィオナを促して、兵士たちと食堂を出た。

「それで、本当にその者たちは確かなのですね?」
厳しい表情で女が確かめる。
青い宮廷仕官服に身を包んだ彼女は凛々しいと言う言葉が良く似合った。
大きなテラスのある広い部屋。床には赤い絨毯が敷かれ、天井にはクリスタルが吊るされていた。
調度類は余り多くはなかったが、それでも大きな執務机と椅子が一対置いてあり、応接用のテーブルと絹張りのソファも備えてあった。
そういう一般には考えられないような一室で、男女は声を潜めて話していた。
「ああ。その点は受けあいだ。」
「本当に、信頼できますか?」
「………ああ。」
やや、男は考えてから頼りない答えを返した。
その表情は陰になってはっきりとは見えない。
しかし、口元は薄く笑っているようだった。
「今の間が気になりますが。とにかく、会ってみます。」
そう告げると、一礼をして女は立ち去った。