ルカとフィオナが連れてこられたのは、ユージア城だった。
別名「金糸鳥城」
優雅でかつ、威風堂々とそびえ立つその様はまさに「金糸鳥」の名が相応しかった。
ユージア王家の紋に由来するという説もあるが。
もっとも、地下牢に放り込まれた彼女たちには関係ないことだった。
「ねえ、ルカ。まさか、このまんまって事はないんでしょ?
私、やだからね。こんなじめじめの冷たいとこ。
大体、地下牢って言うとむかしっから嫌な思い出しかないんだから……」
フィオナがルカに詰め寄った。
――― 前にも入ったことがあるのか……?
ルカは思わずそう問い掛けそうになり、しかし実際には別の言葉を口にした。
「落ち着け。
逃げるだけなら、何時でもできる。
その前に、あちらの意向を聞いたほうがいい。
そうだろう?」
最後の言葉はフィオナにではなく、外の人物に向けて放たれた。
「気付かれてましたか。」
苦笑する、女性の声が聞こえた。
「いやいや、さすがです。」
一見すると壁にしか見えないその場所から、突如として人が現れた。確かに女性なのだが、何故か男性と同じ装いをしていた。
決してキツイ感じがする訳ではないが、気品の高さを思わせる容姿の持ち主だった。
「初めまして。失礼を致しました。」
彼女はそう言うと、ガチャリと鍵を開けて二人を牢から出した。
2
「どういうつもりなのよ!」
自由になるなり、フィオナは目の前の女性に怒鳴った。
「今はまだ、話せません。
聞き及ぶところによると、なかなかのお力をお持ちだとか。
お会いして頂きたい方がいます。
会って頂けますね?」
それはすでに決定事項であり、質問ではなかった。
「その前に、そちらの名前を伺いたい。」
ルカの冷たい質問に対し、彼女は一瞬躊躇ってから、その名を告げた。
「アデレード・スラン・キュリート。この国の宰相を務めるものです。」
「宰相様が冴えない流れ者風情に何の御用?」
フィオナが剣呑な調子で問うた。
「フィオナ、無駄だ。やめておけ。」
フィオナが今までに自分の気に入らない事柄に対してどう対処してきたかを、ルカは良く知っていた。
だからこそ、最初に釘を刺しておかなければならない。
「あちらは既に私達の事をよく知っているようだ。
どこまでかは知らないが・・・」
「それも後ほど。今はどうか私について来てください。」
アデレードは踵を返して、来た道を歩きだした。
ルカとフィオナが通された部屋は、豪奢以外の何者でもなかった。
フィオナは緑の目をきょろきょろさせて周りを見回していた。首を振るたびに、肩口でそろえた栗色の髪が揺れた。
ルカの方は相変わらず黒いローブを羽織り、フードで顔の半分は隠れていた。
赤い絨毯が敷かれ、金銀をあしらった精緻な細工の調度類が並べられた一室。その中央には応接用のテーブルと深緑の絹張りのソファが置かれていた。
そして、ガラスの大きな窓。その正面に後ろを向いてたっている人物が背後の声に答え、ゆっくりとこちらを向いた。
「!!?」
「よっ。」
彼は軽くてをあげて、ルカとフィオナに合図をした。
何よりも目を引く金色の髪、満月の夜のような青い瞳。
「昨夜は世話になったな。」
「あんた………」
昨夜の刺客。
「一体どういうつもりなの!?」
フィオナは男に詰め寄った。
「ちょっと、お前らに用があってな。」
片手でフィオナを抑え、そらっと惚けたように彼は答えた。
「まず、名乗らせてもらうが、
俺は、ユージア王国国王の息子、デュサリオット・ライナ・クライス・フィン・ユージア。」
言って、デュサリオットは彼女たちの反応を見た。
「つまり、王子か」
ルカは特に驚かずに言った。
「長い名前。」
フィオナの感想もそれだけらしい。
「お前ら言うことはそれだけか?
普通はもうちょっと驚くものなんだが………」
二人に普通の反応を期待していたデュサリオットは多少がっかりしたようだ。が、直ぐに気を取り直した。
「ルカにフィオナか。」
二人の顔を見比べながら確認する。
「それで、その通り魔の王子様と覗き屋の宰相様が何の御用?」
フィオナは皮肉っぽく言った。よほど、地下牢が気にいらなかったらしい。その口調にアデレードはむっとした。
「私はともかく、殿下に対しては態度を改めて頂きたい。」
「いや、構わない。
先に無礼を働いたのは俺たちだ。」
「・・・・・・・・・はい。」
アデレードの返事を確認して、デュサリオットは先を続けた。
「フィオナ、ルカ、昨日会ったばかりでしかも、こんな事をしておいて何なんだが・・・
俺に、雇われてくれないか?」
一瞬の間を置いて、
「私たちを雇う?幾らで?」
鼻先で笑いながらフィオナが聞いた。
「報酬は望むだけ支払おう。」
「金持ちの支配階級の戯れに付き合うつもりはない。」
自信たっぷりに答えたデュサリオットに取りつくしまもなく、ルカが言った。
「違う。」
デュサリオットは低く言って、真っ直ぐにルカとフィオナを見た。
「頼む。俺に力を貸してくれ・・・どうしても、守りたいものがあるんだ。」
中途半端な正義感や、哀れみではなく、ただ真っ直ぐで芯の通った瞳だった。
それはそのまま、その男の人間性を雄弁に語っていた。
「その為に、あんな辻斬り紛いのことをやったわけ?」
デュサリオットの懇願に心を動かされた様子もなく、相変わらず冷たい調子でフィオナが尋ねた。
「お前らが本当に強いか試したかったんだ。」
「あんた、バカじゃないの?確かにあんたの腕は悪くないけど、昨日、私に殺されたかもしれないのよ?」
「けど、お前は殺さなかった。
俺の目は間違っていなかったわけだ。」
大きなため息が二つ漏れる。無言の時間が流れ、やがてルカが言った。
「わかった。」
「受けてくれるのか?」
デュサリオットが飛び跳ねんばかりの勢いで聞き返す。
「あんたの目を試そう。」
「は?」
「堅固なる空間の壁 硬き岩の砦 いま少し・・・・」
デュサリオットの間の抜けた声は無視し、ルカはぶつぶつと何かを呟きはじめた。それは何かの呪文だった。途端に壁が歪みはじめた。空間ごとねじれるように辺りの景色が変わってゆく。
焦ったのはデュサリオットとアデレードだった。しかし、どうする事もできない。対照的にフィオナは全く動じず、自分の相棒の所業を見つめていた。そして、完全に風景が入れ替わった。
「どういう趣味してんのよ!」
思わずフィオナが突っ込んだ。
「どうって、こういう方が雰囲気が出るかと思ったんだが。」
まさに異次元空間だった。一面が紫や赤や青といった原色で彩られた、はっきり言って余り趣味の良いとはいえない空間。
「もうちょっと何か、こう・・・・マシな所に・・・・」
「わかった。」
控えめに抗議するフィオナにルカはまた、呪文を唱えた。言葉に応じて、即座に景色が入れ替わり・・・・・・
「うん。これならいいんじゃない?」
フィオナがルカに向かって言った。
今度は、古代のコロセウムのようだった。荒涼とした石造りの闘技場には観客は一切おらず、ただ4つの人影だけが見えた。
「さて、ここで私と勝負をしよう。あんたはフィオナの腕試しはしたかもしれないが、私とはしていない。あんたが勝ったらこの仕事を受ける。」
「ちょ、ちょっと待てよ。
お前、魔術師じゃないのか?」
「そうだ。あんたの心配はもっともだ。だが、私は術を使わない。その代わり、あんたも剣を使わない。それでいいだろう?」
「わかった。」
ルカはデュサリオットの返事を確認すると、さっとローブを脱ぎ、フィオナに投げて渡した。
長い黒髪がふわりと揺れた。ずっと隠されていたルカの顔が露わになる。フィオナ以外の二人はそれに思わず息を呑んだ。透き通るような白い肌と、髪と同じ黒曜石の瞳。この世の美と神秘とを一身に集めた正に絶世の美女だった。しかし、フィオナはそれにはまったく動じず、渡されたローブを抱え不審そうにルカを見た。
「ルカ?」
「大丈夫。わかってるから。」
ルカはやや微笑んで、安心させるように相棒に答えると、フィオナもまたそっけなく返事を返した。
「そ。」
「じゃあ、行くぞ。」
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