「あら、兄さま?」
どこか舌足らずな口調で少女は声をかけた。
「おはようヴィア。」
その声にデュサリオットはにこりと微笑んだ。
まだ、十を幾つも超えていない幼い顔立ち。
二人の兄たちと同じ、長い金髪は太陽のように輝き、瞳は包み込む光のような優しいオレンジ。
お伽話の中から抜け出したような姫君だった。
「お父様のお見舞いですの?」
「ああ。そうだよ。」
「お父様はここのところ余りお加減がよくないらしいの。
きっと、喜ばれますわ。」
オリヴィアは嬉しそうに笑う。
「ところで、そちらの方は?」
デュサリオットの背後に控えたルカに目を留めた。
相変わらず、黒いローブを羽織っていた。
フードも被り、目は殆ど見えなかった。
「魔術師だよ。」
「まじゅつし?私、初めて見ましたわ。
お名前は?何かして見せて?」
オリヴィアは好奇心いっぱいの愛くるしい瞳でルカを見つめた。
魔術師が珍しいのだろう。
確かに、魔術師の数は少ない。そして、強力だ。
幾つかの有名な名門があるが、それにも数少ない。
しかも、それぞれの王家に仕えている。
アゼラーニュのディーシャン、シナ・エスタリーのフロイトなど。
独学の魔術師もいるにはいるがその力はあまり強くない。
「初めまして、オリヴィア様。 私はルカと申します。」
ルカは軽く片腕を胸の前に置き、臣下の礼をとってから、掌を差し出した。
その上で小さな炎が燃える。
そして、ルカが手を閉じ、再び開くと、赤い薔薇が出現した。
「すごい!」
「どうぞ。」
素直に感動するオリヴィアにルカはそっと薔薇を持たせた。
「ありがとう、ルカ。
兄さま、いつか私にもルカを貸してくださいませ。
では。」
オリヴィアは笑顔で一礼すると、去っていった。
その姿はあどけなく、自然とルカに笑みをもたらした。
そのルカの姿を、デュサリオットは意外に思って眺めていた。
そして、ルカの冷たい視線とぶつかった。
彼女の瞳はフードで隠れているため見えない筈なのだが、確かに感じたのだ。
しばしの沈黙。
それに耐えかねたデュサリオットが口を開き、
「その……なんだ、お前でも笑うんだな。」
無言で笑みを消したルカに、言い訳をするようにぽつりと言った。
「何か問題でも?」
「いや……ただ、意外だっただけだ。それじゃ、父上のご機嫌を伺いに行くか。」
「殿下、ちょっといい?
って、その可愛い子は誰だい?」
男がヒョイと扉のあいだから顔を覗かせた。
どこか惚けた、飄々とした容姿。
眼鏡の奥の人懐っこそうな瞳が、アーネストの傍のクリスティアーナこと、フィオナを捉えて言った。
「あ、ニート。丁度良かった。今、君を呼ぼうと思っていたんだ。
紹介するよ。彼女はクリスティアーナ。
僕の花嫁になる人だよ。
クリスティアーナ、彼はニート・ハングス。
彼、こう見えて実は国務大臣をやってるんです。」
「失礼致しました。
ニート・ハングスです。どうぞお見知り置きを。」
ニートは人好きのする笑顔でにこりと笑っいながら、一礼した。
「お噂は兼ねがね聞いておりました。
どうぞ、よろしくお願いします。ハングス様?」
「どうぞ、ニートとお呼びください。」
「はい。ニート。」
フィオナも負けずに、にこりと笑い返した。
「で、ニート、何か用があったんでしょ?」
「あ、そうだった。それが・・・」
チラリとフィオナを見て言いよどんだ。
「ごめんなさい、クリスティアーナ。少しだけ、席をはずして頂けますか?」
「はい。失礼致します。」
フィオナはニートの言葉に従い、戸口で一礼をすると退出した。
「で?未来の花嫁を外に出して何の話?」
「ん?幾つか忠告をと思って。
デュサリオット殿下が魔術師を雇ったみたいなんだ。」
「何が言いたいの?」
「分からないかな?」
ニートはまたにこっと笑った。
だが、本当は笑っていないことをアーネストは知っていた。
普段はすっ惚けた顔をして笑いながら、その本心を上手く隠しているが、こういう笑いをするときは本音なのだ。
もっとも、ニート自身は相変わらず惚けたふりをしているが。
「分からないよ、ニート。」
アーネストは少し表情を厳しくした。
「殿下、少しは自分の立場をわきまえたほうがいいと思うよ。」
「それは…よく分かってるよ……僕は次期国王候補なんでしょ?
だけど・・・」
「だけど?おかしいと思わないのかい?
デュサリオット殿下の剣術の腕前を知っているだろう?
なのに今更、魔術師なんて・・・あの方だって、継承権を持ってるんだし。
ここのところ城下へふらふらと出歩いていらしたみたいだけど、一体何を……」
「ニート!」
アーネストの顔が間違いなく怒りを示す。
「僕だって、デュサリオット殿下を疑いたいわけじゃないさ。
でも、殿下は無防備すぎるよ。
ここの所、オーガスタス様の動きも激しくなってるし……」
オーガスタスという名に、アーネストが硬くなった。
デュサリオットに限らずアーネストもこの叔父が嫌いらしい。
「殿下?とにかく、もっと気をつけてもらわなくちゃ。」
動きの止まったアーネストを訝しみながら忠言した。
「うん……」
「それじゃ、用件に入りますか。」
ニートはまた彼本来の惚けた調子で本題に入っていった。
「おお、デュークか。珍しいの。」
窓際の椅子に座り外を眺めていた人物が振り返った。
髪は白くなり、顔には深い皺が刻まれた老齢の国王、ウィリアム・ライナ・ステファン・フィン・ユージアその人だった。
「父上。お加減はいかがですか?」
「うむ。今朝はやや良いようじゃよ。」
ウィリアムは僅かに微笑んだ。
「それにしても、そなた達は日に日にソフィアに似てくるのう。
先程、ヴィアも尋ねてきおったが、あの子は本当に母親にそっくりじゃ……」
「父上?」
どこか遠い目をしたウィリアムにデュサリオットが問い掛けた。
「いやいや。年を取るといかんな。して、そちらの魔術師は?」
デュサリオットの背後に控えるルカを黒いローブから、魔術師と認めたウィリアムが尋ねた。
「私の魔術師でルカと申します。」
「ふむ……」
ウィリアムはやや考え込んでから、口を開いた。
「何を企んでおるのだ、デューク?」
国王は年老いて尚、衰えることの無い鋭い眼光でデュサリオットを見た。
「何も。父上。」
デュサリオットの方は余裕のある微笑を浮かべて答えた。
二人の視線が絡み合い、暫しの沈黙が降りた。
その沈黙に終止符を打ったのは、僅かに扉を打つ音だった。
「兄上、失礼致します。」
声とともに痩せぎすの黒い髭を生やした男が数名の共を連れて入室してきた。
ルカの第一印象は爬虫類だった。
「おや、デュークもいたのかい?珍しい。」
「叔父上こそ、父上が倒れてからというもの、随分と偉くなられたそうですが……?」
「私は何も変わらんよ。デューク。
何はともあれ兄上、お加減は如何ですか?」
オーガスタスは本来の目的を思い出したようで、デュサリオットとの不毛な言い争いを途中で止めた。
「やれやれ、今日は本当に見舞いが多いのう。」
ウィリアムはオーガスタスの質問には答えなかった。
「少々、疲れてきたようじゃ。悪いが、二人ともまた来てくれ。」
そう言うと、国王は会見を打ち切った。
その声に二人は潔く退室したが、二人の争いはそれだけでは終わらなかった。
 
|