その夜の晩餐の席には多くの貴族が招かれていた。
正式な結婚まで時間はあるが、王太子妃となるクリスティアーナの主だった貴族達へのお披露目が目的であった。
この国では娘達は、特に良家の子女は夫となるべき人物が定まるまでは決して、外へ出ることが許されない。
宗教上、この国で女性に求められるのは、思慮深く貞淑な妻となることであった。
貴族の娘達は自分が生涯を共にする夫の忠実な妻となり、晴れて上流社会の一員となるのだった。
それまでは屋敷の奥深く、まさに深窓の令嬢として大切にかしずかれて育てられるのだ。
それゆえ、彼女達の多くは身分の高い夫を得て華やかな外の世界で暮らすことを夢見ている。
銀の燭台に灯った蝋燭が揺れている。
デュサリオットが席に着くと、既に室内には招かれた貴族達が集まっていた。
本来ならば、国王も出席すべきところだが、体調が思わしくないため欠席となり、オーガスタスと、デュサリオットが出席していた。
ゆっくりと、食堂へ続く大きな扉が開かれた。
着席していた人々が一斉に立ち上がり、入場者を迎えた。
若き国王候補が歩みを進め、後には美しき婚約者とその父親が続く。
ほう・・という声が漏れた。
カーライル家の令嬢は人々を魅了するに十分な女性であった。
「皆様、お待たせいたしました。」
アーネストが声をかけた。
晩餐会の始まりであった。
慣例に従い、父親であるエドワード・スラン・カーライルがクリスティアーナを貴族達に紹介した。
エドワードの声にあわせ、クリスティアーナはただ黙って礼をとり、大人しく微笑んだ。
まるで人形のように。
完璧なレディである。
―――たった半日行儀作法を教えただけで、あのじゃじゃ馬娘がこんなに変わるとは・・
デュサリオットは眼を見張った。
やがて給仕が静かに料理を運んできた。
「ではオーガスタス猊下、祈りの言葉を。」
誰かが告げた。
「いや、今夜は主役のクリスティアーナ嬢にお願いしよう。」
僅かに口元を歪めて、オーガスタスはクリスティアーナとアーネストに視線を送った。
デュサリオットの表情が僅かに緊迫の色を見せたが、誰も気づくことは無かった。
「わたくしのような若輩者には過ぎた大役にございますわ。猊下。」
クリスティアーナは控えめに微笑んでオーガスタスを見返した。
「今夜の主役はそなたなのだ。断る理由はあるまい。
さあ、我らの尊きウィーリアス様に祈りを。」
オーガスタスが尚も迫った。
これ以上クリスティアーナが拒む事は礼儀に反する。
「では、それまで仰せでしたならば。僭越ながら私が。」
クリスティアーナは畏まって頭を下げた。
その場の皆の視線を受けながら、クリスティアーナが祈りの言葉を唱え始めた。
「いにしえに我らに幸を与えたもうた我らが父よ。
今日もその御業が降り注ぎ、欲深く愚かな我らにそのご加護があることを感謝いたします。"クイナ・シュンラン・ウィーリアス"」
涼やかな流れのように淀みなくクリスティアーナの声が響いた。
「クイナ・シュンラン・ウィーリアス」
クリスティアーナに続いて人々が"偉大なる父ウィ―リアス"という意味の祈りの言葉を唱える。
ウィーリアスはこの地に人間を造った女神ディアナの12天使の一人である。
富と繁栄を司るが、その反面規律と秩序を重んじる気難しい天使とされていた。
何もない荒野であったこの国に人々を導き、鉱脈を与えたのはウィーリアスであったと伝えられている。
そのため、この国では多くの人がウィーリアスを信仰し、国教に定められていた。
だがしかし、デュサリオットはフィオナにその様なことを教えた覚えはなかった。
クリスティアーナが「まかせなさい」とでも言いたげにデュサリオットへと視線を送った。
「カーライル公、よいお嬢さんですな。これならば、問題なくよい王妃と成れましょうぞ。」
オーガスタスがニタリと笑った。
「いやいや、至らぬ娘でございますが、猊下にその様に申していただけますならば、光栄でございます。」
カーライル公が小さく頭を下げ、オーガスタスに答える。
その様にはまったく淀みがなく、彼女が実の娘ではないとは誰にも想像出来なかった。
そうして、つつがなく時間は流れていった。
 
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