+Onece Upon a Time+


「今晩は。ルージス。」
窓の外に人影が見えた。
「何か御用ですか?妖精王・・・」

「まったく、貴様にはしてやられた。」
苦々しげに、サフィストが告げた。
「そんな事をわざわざ言いにこられたのでしたら、居城にお帰りになったほうがよろしいのでは?
あ、お帰りはこちらですから。」
ルージスはにっこりと微笑んで、窓を開けた。
涼しげな夜風がそよそよと部屋の中を吹きぬけていった。
「ふん。相変わらずだな・・・
 だが、生憎我は、貴様と話をしにきたのだ。マリアの話を・・・」
「貴方に、あの人を気安くマリアなどと呼んで頂きたくありませんね。」
氷のような声が静かな夜の闇に響いた。
その声はまったく普段のルージスらしくはなかった。
「そう、怒るな。折角の再会を果たしたと言うのに。」
「ふざけないで下さい。
 私は、できることなら2度と貴方に会いたくはなかった。
 一生、貴方に蜘蛛のままでいて頂きたかったですよ。」
「つれないな。」
「それ以上、くだらない事を仰るようでしたら、もう一度、私が呪いをかけて差し上げます。」
「くくっ。貴様は変わらぬようだな。」
「人の身において、10年という時は長いようで短いものでしたよ。
 人でない貴方には分からないかもしれませんが。」
「それでも、彼女を失ってからのときは、我にとっては未来永劫続く苦しみであった。」
「その苦しみは消えたわけですか?」
「いや、まだだ。だが、近いうちには喜びに変わるだろう。」
「クリスならば、渡すつもりはありませんよ。」
「貴様のものでもあるまい。」
「貴方にそれを言われたくはありません。
 あの人のことも、私は貴方を許すつもりはありません。
 貴方のせいであの人は・・・」
「・・・そういえば、丁度この様な夜であったな。」



満月の夜には我が城で妖精達の宴が開かれる。
我が眷族たちは月光の下、優雅に歌い、舞い踊る。
しかし、正直我は少々飽きていた。
本来、妖精はその長い生を人の伴侶と共に過ごす。
人は老い、死ぬ。
だからこそ、永遠に近い我らに変化をもたらす。
我はそっと、月明かりの宴から抜け出した。
我が伴侶を探すために。

今日は満月か。
窓から夜空を見上げ初めて気づく。
「ルージス、私、散歩に行くわ。」
背後から声がかかる。
振り向かなくても誰だか分かる。
それでも僕が振り向くと、月光に照らされて金の髪を輝かせた彼女が立っていた。
マリア・ミュゼット。
僕の師匠で、母で、姉で、ときどきは妹な人。
「月が綺麗だから。あなたは早く寝なさい。」
言い残して、彼女はそっと出て行った。

明るい月の下では夜の闇もその本来の暗さを保てない。
木々が夜風にさわさわと揺れる。
我は特にあてもなく森の中を歩いていた。
このまま人間達の街へ行くのも良いだろう。
我が伴侶には遭えずとも、ひと夜のみ、煩わしさから開放してくれる者はおるだろう。
所詮、人など腐るほどいるのだから。
やや悲観的な考えに浸りながら、我は彷徨い、やがて湖のほとりへと辿りついた。

我は思わず息を呑んだ。
金の髪の美女が月光の下、水と戯れていた。
女神の水浴びを目にしたのだと思った。
雪のような白い肌に輝かんばかりの金髪。
ここからではよく見る事は出来ないが、その、神秘的な雰囲気だけは伝わってきた。
彼女は水とともにゆっくりと我のほうへ進みながら月を見上げていた。
我はとっさに木陰へと隠れた。
何故か禁じられた光景を盗み見たような罪悪感があった。

「おはよ・・・おいしそうね。」
給仕をする僕に彼女が声をかける。
朝食の準備は弟子である僕の仕事だった。
「おはようございます。」
「んー。今日はいい天気みたい。」
窓の外を見ながら彼女が言う。
いつもと何も変わらない朝だった。
「ルージス、香蘭草が足りなくなってるの。」
そしてふと、付け足しのように彼女は言った。
香蘭草は魔法につかうマテリアルの一つ。
近くの森を抜けて更に奥の山、それも山頂まで行かなければ手に入らない。
もちろん彼女もそんな事は良く知っていた。
つまり、僕に採りに行けということなのだ。
「わかりました。」
「物分りが良くて助かるわ。」
彼女はにっこりと微笑んだ。

サンタ・ミニスタの森には伝説がある。
妖精王の城の伝説だ。
妖精なんて僕も見たことがなかった。
たぶん、もう殆どいないんだろう。
ずっと昔、妖精は忌み嫌われる存在だったらしいから。
その記録もあまり残ってはいない。
ただ、伝説だけが残っていた。

山の標高は決して高くはないが、斜面はかなり急だった。
その急な坂を登りきると、開けた香蘭草の原が現れた。
たくさんの香蘭草が小さな白い花を一房に5つほど咲かせ、風に揺れていた。
僕はゆっくりとその風景を見渡し、はっとした。
白い花の中に黒い塊を見つけたから。
慌ててそこへと駆け寄ると、まだ小さな子供が倒れていた。

「君、名前は?」
彼女がその子に聞いた。
その子は黙って首を横に振った。
あの後、急いで僕はその子を彼女のもとへ運んだ。
彼女はその子の介抱をし、その子は意識を取り戻した。
ただ、その子は何も話さなかった。
だから、彼女はその子に付きっきりで世話をしている。
「じゃあ、私がつけてあげる。
 何も分からないんじゃ追い出すわけにもいかないし。
 名前がなきゃ不便だもの。」
その子はコクンと頷いた。
「そうね・・・エバニーってどう?
 君の目も髪も綺麗な黒だし。」
エバニーはもう一度頷いた。
そう言えば、おとぎ話の中のお妃さまが願ったのは、雪のような白い肌に、林檎のような赤いくちびる、そして黒檀のように黒い髪の女の子だった。
もっとも、エバニーは男の子だったけれども。

日が経つにつれ、エバニーは元気になっていった。
最初の頃は、食事もまともに取れず、起き上がることもできなかったが、今では元気に外を走り回っている。
僕は単純に弟ができたとよろこんでいた。
そして、再び満月の夜がめぐってきた。