「エバニー?」
彼女はまだ、寝ぼけた感じで問い掛けた。
我は、首を横に振ると彼女に告げた。
「我は妖精王、サフィスト・ルイ・メージア。
 そなたを我が妻として迎え入れる。」
「妖精王・・・?」
「異存ないな。」
「大有りよ!」
彼女は一気に目が覚めたらしく、勢いよくベッドから飛び出すと、とっさに簡単な魔法の呪文を唱えた。
バンッと小さな衝撃が我を襲った。
だが、それ程の事で怯んだりはしなかった。
魔法の欠点として、大きな魔法を使うためにはマテリアルが必要になることがあった。
そして、ある程度の時間が必要だった。
彼女のマテリアルの多くは、彼女の実験室に置いてあった。
従って、今、大きな魔法を使われる心配はない。
我が恐れたのは、その様な大きな魔法だけであり、多少のものならば、我にとっては何の効果もない。
我はゆっくりと彼女を追い詰め我が腕に捕らえた。
とそのとき、突然扉が開いた。
「あ・・・」
ルージスがただ呆然としたように、呟いたのが聞こえた。
我はそのまま背後の窓から外へと飛び出した。
「ルージス!これを・・・」
彼女は無理やり片手を振りほどくと、胸元の金色のクルスを引き千切った。
「魔法学校へ行きなさい!」
叫びながら、ルージスへと投げつけた。
我はいまだ呆然と立っているルージスを置いてそのまま彼女を連れ去った。

彼女が連れ去られてから5年が経とうとしていた。
僕は彼女の指示どおり魔法学校へと向かった。
僕はすぐにでも彼女を助け出したかった。
だが、相手が妖精王であってはかなわないことだった。
そこで校長は僕に入学を勧めてくれた。
後で知った事だが、彼女はこの学校の卒業生だった。
彼女の紹介という事もあって学費は免除となった。
ただし卒業後、しばらくはここで教師をしなければならないが。
僕は決して、彼女の事も、あの男の事も忘れたりはしなかった。
エバニー・・・妖精王、サフィスト・・・
僕は必ず、彼女を取り戻す。

「マリア・・・」
「・・・何?」
ベッドの上で疲れたように彼女は呟くような返事を返した。
「我はそなたに何もしてはやれなかった・・・」
「気にしないで。逃げようと思えば逃げられたのよ。」
彼女はベッドサイドに佇む我を見上げて言った。
「魔道士マリア・ミュゼットを見くびってはいけません。」
彼女は弱々しく微笑んだ。
彼女の死期は迫っていた。
我が彼女を追い詰めたのだ。
最初は無性に彼女を手に入れたかった。
その衝動のままに彼女を奪い、我が物にした後は彼女が愛しくてやまなかった。
我は激しく後悔した。
我ら妖精が人間から疎まれた最大の理由、それは人間の精気を我らが奪っていくことであった。
僅かずつではあるが確実に、傍にいる人間を死へと追いやるのだった。
「すまぬ・・・」
と、突然大きな揺れが城を襲った。
「この場を動いてはならぬ。」
我は彼女に釘を刺すと、大急ぎで踵を返した。

サンタ・ミニスタの森の伝説・・・妖精王の城を僕は目指した。
必ずそこに彼女がいると思った。
魔法学校での5年間僕は必死で魔法を勉強し、妖精に関するあらゆる文献を読みあさった。
そして今、僕は妖精王の城に辿りついた。

先手必勝、僕は城門を景気よくぶち壊した。
一瞬にして荒野と化した城門跡地を通り過ぎ、僕はゆっくりと城へと近づいた。
すると、向こうからあの男が歩いてきた。
「お久しぶりです。エバニー・・・いえ、妖精王とお呼びするべきですか?」
「好きにするがよい、ルージス。
 マリアが貴様に会いたがっている。来い。」
あの男はそう告げると、僕に背を向けて歩き出した。

「どうしてこんな・・・あの男の所為なんですね・・・」
5年ぶりに再会した彼女は随分と痩せてしまっていた。
あの男は最初に自ら言ったとおり、僕と彼女を二人っきりで会わせてくれた。
「ルージス・・ルージスよく聞いて。
 私はもう直ぐ死ぬわ。
 だから、最後にもう一度だけ魔法を使いたいの。
 マテリアルは持ってる?」
「・・はい。」
僕は彼女を止めなかった。
止めたところで僕の言う事を聞くような人ではなかったから。
「蜘蛛の子と、赤いキルスの実はあるかしら?」
「はい。ただ、蜘蛛の子は乾物しかないです。」
「大丈夫よ。それを私に頂戴。
 それから、サフィストを呼んで来て。」
「はい。」
僕は彼女の言う事におとなしく従うしかなかった。

「マリア、何をしている?」
我がルージスに呼ばれ室内へ入ると、彼女は部屋の中央に魔法陣を描いていた。
「魔法を使うのよ。私の最後の魔法。」
「止めよ。そなたが今そんな事をすれば死ぬ。」
「どの道死ぬもの。それなら、最後に私があなたに魔法をかけてあげる。」
マリアはクスリと笑うと立ち上がった。
「私が死んであなたが一人になったとき、寂しくないように。」
「マリア・・・」
「ここへ立って。」
彼女は我に魔方陣の中央を指した。
「これからかける魔法は呪い。
 だけど、いつかこれを解く人が現れるから。
 願わくは、その人とあなたが幸せになれますように。」
彼女が呪文のように唱えた後、我の体に激しい痛みが走った。
そして我の意識は遠のいていった。



「妖精王、貴方クリスに嘘を教えましたね。」
「ふん。昔の女のことを教えてどうするのだ。」
「彼女を侮辱なさるおつもりですか?」
「彼女が望んだ事であろう?」
「そうでしょうか?
 むしろ、僕には彼女は貴方の悪癖を10年間も抑える偉業を成し遂げたように思えますが。」
「何とでも言うがよい。真実は彼女が知っているだけだ。」
「・・・もう、お帰りください。」
「そうだな。邪魔をした。」
サフィストは来たときと同じように窓から静かに去っていった。

「たとえもし、貴女の意思に反していたとしても・・・僕はクリスを守りますよ・・」


END

第2弾でした。
いろいろいいたいことは例によってあとがきにて。
ここまでお付き合いくださってありがとうございました。
どうぞ、作者の言い訳も聞いてやってください。