9月6日  日曜日     坂口センセに送ろうとしてやめた分。

今週の日記は先生のところに送らせていただこうと思います。

というのは、4月の終りから地元に帰るまでにもずっと日記をつけていたんです。

とは言っても木谷さんや林原さんに一週間分FAXしていたので、手紙みたいなものですが。

canadaのお手紙、ありがとうございます。ホントにお会いしたくてたまらないのですが……。

東京での生活は、そんなに神経を使う程の事でもありません。

部活の人は楽しいし優しいし。

クラスでは友達と呼べる人はいませんが(男の人と友達になるのは苦手で)、いじめもなく、平和です。

というか人に関して無関心な人が多いのかもしれません。

かえって実家に帰った時の方が神経使いますよ。

友達なんてキラわれようがイジメられようが仲良くしようが、特別な意識が生まれない限り3年ポッチのつきあいです。

その中で良い人に出会えるチャンスはありますけど。でも家の中では違います。

ケンカしても仲良くしても、言うこと聞いても聞かなくても、

血のつながる親とはどちらかが死ぬまで関係を断つことはできないですもの。

私が将来何になろうと友達等は何も思わないでしょうが、うちの母にとっては命より大切な事です。

だから、家で親に「如月くんに負けるな」とか「あんたは日本の、世界のトップに立たないかん」とか言われても、

はたまた「あんたが医者以外になってたまるもんですか」などと言われても、私には何も言えません。

もし他の強い夢があればですが、私は今、夢を持っていませんし。

医者になりたくないのかと言われると、そうではないです。

でもそれは、どうでもいい一部の「医者」であって、親を納得させるための「医者」にすぎないと思うんです。

時々思うんですけど、夢って何なんでしょう。

「パイロットになる」夢を持っている人は、パイロットになる事で夢を成就してしまってます。

「おヨメさんになる」夢を持ってる人は、おヨメさんになってしまったら死んでもいいのでしょうか。

世間ではそうではないんです。

私の日記の中で、4月から5月頃のものだと思いますが、「死にたい」を連発していた事があります。

そのとき、林原さんが手紙でなぐさめてくれて、涙が止まらなかった事をおぼえています。

なんでそんなに死にたかったんでしょう。

思えば小5の時からそんな事を考えていました。

今だって、さすがに「死にたい」とは思わなくなりました(林原さんのおかげ)が、

「死にたくない」と思った事は一度だってありません。

私は、夢は幸せを求めるためにあるものだと思います。

そして、私は中学の時に思ってしまいました。

ひょっとしたら今はすごく幸せなのではないだろうかと。

夢が叶ったとしたらこんな感じだろうと。

そんな思いを持ったまま、卒業してしまいました。

今も思っているのですが、中2の頃、「一生で今(中2の頃)は一番幸せだ」と思っていました。

だとしたら、これからって何でしょう。

卒業して失ったものはたくさんあります。

卒業して得たものは、つかの間の自由と総計ルーズリーフに50枚程のグチを聞いてくれるような友達、

木谷さんと林原さんでしょうか。

そしてまた一歩、大人になっていくのでしょうか。

あの楽しかった体育祭や文化祭から離れていくのでしょうか。

そして見えない未来に近づいていくのでしょうか。

木谷さんや林原さんはいつまで私の力になってくれるでしょうか。

もう附中には戻れません。私の席はなくなってしまいました。

私が本当に強く切望した夢は、実はあるんです。

でもそれは私の力ではどうにもならないことでした。

「一生附中生でいること」

何が私をこんなにも狂わせたのでしょう。

附中生でいられるのは、人生90年のうちのたった30分の1です。この先にどんな幸せがあるか知りません。

でも今の私には何を幸せと呼ぶのかさえもおぼつかないのです。

平和な家庭をつくること?

長生きすること?

金持ちになること?

何をするとうれしいのでしょう。

私は幸せすぎて幸せの感覚をなくしてしまったのかしら。

友達とあうとホッとする、先生に手紙を書いてるとホッとする、そんなことを求めてるのかもしれません。

母でも、笑いながら冗談を言っている姿を見るとホッとするんです。

でもなぜか家に帰ると思ってしまうんです。

体を患いながらも「誰にも負けるな」と叫ぶ母親を見て、私が死ねば正気になるかもって。

母は、私に言います。

「あんたが死んでしもたら気が狂ってしまうわ」

「あんたが医者にでもならな生きていけん」

東京の生活は、楽です。

そりゃあ友達はいないかもしれない合唱はできないかもしれないけど、死のうと思わなくなりますよ。

何をしたらいいのかはわかんないですけど。

これから生きて何しましょう。

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次の日の日記

坂口先生 附中時代の、保健室の先生。'98夏に結婚なさった。
附中時代には、家に帰りたくなかったから遅くまで保健室にお邪魔していたものだ。
今もいろいろとお世話になっている。
木谷さん 附中時代の同級生。初恋の君。幼稚園でも同じクラスだったらしいが、僕の記憶にはない。
中学卒業後は、よき相談相手。
林原さん 附中時代の同級生。木谷さんの親友。附中時代からずっと良き相談相手。お世話になってます。
如月くん 附中時代の同級生。某日本一難関と言われる高校に入学。下宿をしている。