2月1日 月曜日
「十五歳の遺書」を読みました。麻薬のトリップ状態って、すごく幸せそうだなぁ。
幸せって、こういう所にもあるのかと、ちょっと感心しました。
あと、ちょっとわからないのは、筆者が(この本は15歳で自殺した女の子の日記)15歳であるにも関わらず、
たくさんの男と恋愛したりセックスしたり薬をしたり、毎週のようにパーティーをしたりするってこと。
まぁセックスやドラッグは日本じゃ縁のないことなんだろうけど、世の15歳はそうなんでしょうか。
なんか、そういうことにちっとも興味のわかない私は何なんだろうとつくづく思います。
まぁこの後「愛と死を見つめて」を読むから、なんとかなると思うけど。
恋愛ウンヌン、まぁ木谷さんが誰かと付き合い始めたっていうのも、私にはなんか別世界の出来事なのね。よくわかんないの。
どっちかっていうとドラッグの方が興味あるし。東京だと結構手に入りそうよ、やってる人は見かけないけどね。
ドラッグってさ、現実世界に喜びを感じてる人には絶対不必要だと思う。
でも、現実世界に嫌気がさしてる人にとっては、幸せの世界にワープできて、そのうち死ねるっていう絶好の良薬になるわけよ。
幸せを探す手間が省けるっていうか、ドラッグも一種の幸せだと思うわけ。自殺が進路の一つであるのと同様にね。
「愛と死を見つめて」1/3ぐらい読みました。なんか複雑。感じたことはたくさんあるのに、何を感じたのかわからない。
でもこの本には、すごく大切なものが、とっても大きなものがしまわれてると思った。
別に愛がどーこーという話じゃなくて、もっと次元の高い話。うーん、よくわかんない。
それとも、愛ってそれ程次元の高い話なのかもしれない。
とにかく、今私が「愛」したいのかしたくないのか別として、私にそんな器用なことはできないと思う。
もしそうなったら、一方的にグチりまくって
(もしそうなったらじゃなくて、今すでにそうだけど。確かに私にグチってくれないっていうこともあるんだけどね)
相手のことを考えられるかなぁ……って。
まぁよくわかんないです、はっきりいって。人を好きになったのも、もう昔の話だし。
あれから私も多少なりとも変わったんでしょう。
今でも木谷さんと林原さんとこうやっておつき合いできるのも、ほんと、感謝してるし、ちょっと信じられない所もある。
こんな私なのになんで……とか。六条さんとかもねぇ、書く内容ないのに手紙くれたりするんだよ。
私って君等にとって何なんだろうってね、考えちゃうわけさ。
友達って、(恋人とかもそうだろうけど)互いに支えあうべきでしょ?私は君等のお荷物なのか、果たして……とかね。
答えてちょうだい、私って君等の何?
前にも書いたことあるかもしれないけど、私ってどこをとっても一方的だなぁって思って。
顔からファイヤーするぐらい恥ずかしいけど、初めて木谷さんに告った時。すごく一方的だったでしょ?
あぁ、思い出すのも恥ずかしい……。六条さんに対してもそうだったし。
もしかしたら、恋愛すると一方的になっちゃうのを恐れてるのかもしれない、私は。片思いって罪だなぁ、とか思うし……。
木谷さんの彼氏は、どっちから告ったの?
告って、もしくは告られてOKするっていうことがまだよくわかんないんだわ。
フラれる、もしくはフる側しか経験してない私にとってはね。
愛は欲しくないなんて強がりは言ってても、心の支えは欲しくてどうしようもないんだな。
高校ってつまんないし。日記つけててよかった。