才能

2000年7月

さて才能ということだが、才能というのはスポ−ツだったり音楽だったりどんな分野にもこれをもった人がいてその人を天才と呼んだりするわけだがなにもそういった秀でた人目につく物だけが才能というわけじゃないと思う。万人がいれば万人の才能がある。だから自分は勉強ができないとか運動ができないという人でも全然違った、それこそ音楽だったり芸術なんかに才能があったりするものだ。だから世の中はうまくいってる。政治だったり事業だったり研究だったり、そんな才能、地味な才能を持った人がいるから今こうやって生活できてるわけだ。
才能には先天的なものと後天的なもののふたつがあるのだが基本的に前者を才能と呼ぶ場合が多い。だけど努力によって培われた才能も才能ではないだろうか?(どう思う?)一生懸命勉強して得たもの何と言う?ようするになにをするにおいても努力に勝る才能はないって思うんだがさすがに先天的な才能に努力を重ねられたら勝ち目はないしそういう人が世界に認められるべきだと思う。
ちなみにきっしゅんには才能はない!(矛盾)。そんなことないって言ってくれるひと、ありがとね。なにをしても途中で大きな壁にぶつかる。みんなそうなんだろうけどそこで努力をやめようとする「自分には才能がないから」と。だいたい今のところ先天的な才能はないように思える。けど、そんなものはいつあることに気づくかは分からないし中には気づかずに終わる才能もあると思う。だからきっしゅんのように自分には才能がないと努力を止めようとするのは一番よくない。きっしゅんも気をつけるよにしているが・・・。きっとどこかに才能はあるんだからお互いにがんばりたいものだ。
最後に、努力を忘れさえしなければいつか気が付けば才能は腕の中にあるものなんだろう。

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