ICCCの活動理念
多くの大学生に共有されているテーマの一つに“人探し”が上げられる。
この達成のために、学生はサークル活動や各種イベントに参加するなど、多くの金と労力を割いている。
そして、偶然の結果として得られた環境に妥協しつつ甘んじているのが
多くの学生にとっての真実である。
このことは今に始まったことではない。
一世代前、すなわち親の世代においても、およそ大学生活というモラトリアルが
自明視されて以来、多くの場合大学生は広く浅い付き合いを繰り返してきた。
そのため親は、子供が何かに熱中できなかったり、学業を疎かにしたり
していても特に心配することなく、子ども自身も受験生活等の抑圧からの解放
という範囲を超えて、大学での自由に所在無さをなんとなく感じながらも何もできずにいる。
むしろ自分の立ち位置の危うさに気づいていないのが実情に近いかもしれない。
実情に善悪の判断を加えるのは難しい。
戦後、歴史の中で繰り返しているこの循環を通過した世代は、現状を悪とは言いがたい。
それは現在の大人社会の否定につながるからだ。
一方で、ヴァイタリティにあふれる中高生が大学生を批判したところで、
大学の空気を理解していない空論にすぎず、時には無責任にも聞こえる。
よって、大学生の現実を自分の立場に縛られることなく自由に評価することができるのは、
大学生しかいないことになる。
我々は、大学生としての視点から、現在の大学生活に責任をもって「NO」という答えを出した。
それは以下の二つの根拠によってであり、このことはそのまま当社の活動理念に直結している。
すなわち、大学生は
・ 最良の環境整備を、早急に且つ低コストで行うべきであり、結果として生まれた余剰時間を活用して、自分の熱くなれるものを実行するべきである。
・ 自分の位置を把握し、即物的な行動に走ることなく、よりよい社会を構築する為にはどうすればよいかを考え、そのためにも行動することを当然と思うべきである。
この上記二点の前提の元、当社の活動理念は
@ 大学生と大学生が迅速に、本人の意思にもとづいてコネクトされること(人間関係という限定要因の排除)
A 大学(偏差値)の壁を超え相互理解を深めることで、将来の社会的階層を相対化するとともに、学生が互いに感化されること(全体的な底上げ)
の二点であり、この目標に反するような業務は一切行わない。
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