初めの三ヶ月

 

スイス到着後の一週間はちょうど休み中で毎日妹と過ごしました。
妹は当時14歳で、英語も習い始めて1年半ぐらいの時で会話に困りました。
けどその1週間は妹に少しずつドイツ語を教えてもらったり、私が日本語を書いてあげたりしました。
妹はスパルタ教育で、私がほんのちょっとでも発音を間違えるだけでももう1回やり直しでした。
その1週間が終わり私は学校が始まりました。
初めの1ヶ月は他の留学生と一緒にドイツ語の学校へ通いました。
周りのメンバーがみな留学生でとても気が合いすぐに仲良くなれました。
ただ授業は1日の授業科目が全てドイツ語という辛いものでした。
それにそこではドイツ語の難しさを痛感させられました。
やがて1ヶ月が過ぎいよいよ普通の学校に通い始めることになりました。
たしかあれは4月の2日月曜日、私は初登校しました。
私が入ったクラスはN1Cといって1年生で、言語クラスでした。
初授業は英語でその時初めてクラスに入りました。
私は緊張していてどうすればいいのかわからなかったです。
その授業が終わり興味を示した数人のクラスメートが話し掛けてきてくれました。
1人の女の子がご飯を一緒に食べようと誘ってきてくれてとても嬉しかったです。
そんな感じで私の学校生活は好スタートをきったかにみえました。
けれど私が登校し始めた1週間後には春休みに入ってしまったのです。
春休みの初めはイースターの季節で毎日チョコレートに囲まれ幸せでした。
それが終わると私は休みに特にやることもなくっていうか、
日本では暇なときは家でゴロゴロしているのが暇だったので
家で音楽聴いたり、手紙を書いたり、とにかく家にいました。
そうしたうちのある日、ホストファミリーが今日は何をするのかと聞くようになりました。
特に何もなかったので私はいつも手紙を書くと言っていました。
ホストにはそれが納得いかなかったようで、
日本語ばかりで手紙を書いているからドイツ語がいまだに出来ないんだ、
今日はドイツ語の勉強をしろ、とドイツ語のテキストを渡してきました。
私はその日勉強する気なんかなかったし、なぜ手紙を書くことがいけないのかわからなかったので
とりあえずいやいやそのテキストをこなしました。
それから毎日ホストは今日はどこにも行かないのかとか、私を干渉するようになりました。
私は家にいるといつもそう言われていて、それが嫌で留学生の友達と出かけるようになりました。
とりあえずその休みできずいたのは、日本で当り前のように家でごろごろしていたけど、
この国ではつうじないってことでした。

 休みが終わりまた学校がはじまりました。
ここからが私にとって苦難な道でした。
私はその時まだドイツ語があまり聞き取れなくて友達の輪入るのがとても難しかったです。
その上、クラスメートはみな私に対する興味がなくなってしまいました。
私が客から普通の人になったのです。
私は言語はわからないし、みんなは私に話し掛けてくれないしで、正直困りました。
家では別の問題を抱えていました。
それは意見の食い違い。
私はスイスでテニスクラブに入って日本でやってた部活を続けていました。
でもスイスで日本のクラブ活動ほどやるはずもなく、週1でした。
ただ自分がやりたいなら友達と約束して自由にコートを使っていいというものでした。
ホストマザーは私がスイスでもテニスをしたいという意思を知っていて、
いつも家にいると、しつこくテニスしに行けとうるさく言いました。
実際私は友達がいなくて出来るはずもなかったのです。
だからいつも家で暇そうにしているたび、彼女はまた私の生活を干渉しました。
私は英語も交えて一生懸命自分の意思を言っても伝わらなく、
いつもなぜテニスをしないのか、と質問されるたび、私はいらいらしていきました。
学校では1人で孤独を味わい、家ではイライラしていました。


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