私は2001年2月16日に出発しました。
実は2月15日、前日まで私は学校に行っていて、
しかも前日に私は風邪をひき、点滴をうった状態での出発でした。
その日は雪が降っていました。
私は朝の5時ぐらいに起きて、着替えて、両親と家をでました。
車中、携帯を見ると、なんとメールが20件ほど、着信が10件ほどたまっていました。
なんと私は前日夜の7時か8時から熟睡していたので、
友達が電話かけてくれたり、メールをくれたりとしてくれていたのです。
とてもうれしかったです。
そうこうしているうちに名古屋空港に到着しました。
まずは成田に飛びました。
機内で私はまた眠りました。
1時間ぐらいで成田に到着して私は朝食をとりました。
まだかぜが治りきってなくて、食べきるのがやっとでした。
そのあと11時に初めて一緒にスイスに行く4人の子と出会いました。
みんな関東地方出身で、初対面でした。
そのあと5人で荷物のチェックインをして、少し自由時間があって、
いよいよ親と別れて出国審査を終えました。
私はそこで留学するという実感がやっと本当のものになった記憶があります。
そのあとはまずパリに飛びました。
何時間かわからないけど、とにかく長い間飛行機の中で退屈でした。
一緒に行ったのがその日初めてあった人ばかりで、ギクシャクしていていづらかったです。
そしてようやくパリに到着して、ロビーを移動して案内されたロビーで待ってました。
そこで私たちは若い女の人とその子どもと会いました。
ロビーで一緒に待っていると、その女性がロビーが変更のアナウンスにきづき、
私たちも何とか飛行機を乗り過ごさずにすみました。
そして今度はチューリッヒに向かって離陸しました。
スイスへは約1時間で、私はすっかり疲れていて熟睡していましたが、
運ばれた機内食に起こされ、それを食べてみると
私はそこで正直言ってホームシックらしきものを感じました。
その機内食はとてもじゃないほど、まずいものでした。
私は思いました。
私は1年間こんな食事で生活するんだ・・・。
そうこうしているうちにスイスに到着しました。
いよいよ私はドキドキしてきました。
入国審査を受け、荷物を受け取り、いよいよ外にでました。
すると出口のすぐそこにホストファミリーが待っていてくれました。
ホストファザー、マザーそしてシスター、私は3人と生まれてはじめてのスイス式のHugをかわしました。
そのあと車で家に帰りました。
その車中お母さんが初めドイツ語で話し掛けてくれましたが、さっぱりわかりませんでした。
そして英語でいろいろ話してくれて、やっと私は理解することができました。
そしてわが家に到着。
その家は3人家族にしては広くて、とてもとてもきれいな家で私は感動しました。
そして私たちは軽く軽食をとりました。
お母さんがオレンジをむいてくれました。
とてもおいしかったのを覚えています。
そして、少し家の中を案内してくれてました。
こうして私の長い長い一日は終わりました。
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