藍染小紋の女

 

 その女には見覚えがあった。
 生家から菩提寺へ向かう途中に、両側を土塀に挟まれた小道がある。土塀は、あちこち が崩れ、土の中から組み竹が顔を覗かせていた。その土塀の上からは、覆い被さるように ぶなの木が枝を伸ばしており、小道を日中でも薄暗くさせていた。
 女はその道を向こうから歩いてきた。内股でゆったりと足を運ぶ様は、私によく知った 女を思い出させた。だが、私はそれが誰だか分からなかった。
 女は髪を結い上げ、藍染めの着物を着ている。足が動く度に裾がはだけて紅の裏地がの ぞいた。その紅のいろは私をたまらなく不安にさせた。女は足元に視線を落としたまま で、私に気付く気配はない。
 顔立ちがはっきりと見て取れるほどの距離になっても、私は女のことを思い出せずにい た。女は、とうに死んでいる母のようでもあり、先だって別れた妻のようでもあり、娘が 突然大人になり姿を現したようにも思われた。いずれにしてもまともな女ではないこと に、違いはなかった。
 女は歩調を乱さずに歩いてくる。私はすでに歩むこともできなかった。何か声をかけて やらねばならぬ、そう思った。それが贖いだと思われた。言葉を選ぶ内に、息づかいが聞 こえるほど近づく。女が突然顔を上げ、私を見るような気がしてざわりと粟が立った。だ が、女は俯いたまま私の横を通り抜けていっただけだった。ただ、すれ違いざまに小声で 何か言った。それは「ぽうし」と聞こえた。
 土塀に囲まれているのが急に息苦しく感じられ、私は足早にその小道を抜けた。ひらけ た場所にでて、振り向くと女の姿はもうなかった。土塀ばかりが続く道で横に逸れようも ないのだが、やはり女は見あたらなかった。
 そのときになって、女とすれ違ったときに見た着物の模様が唐突に蘇った。藍地に白く 抜かれた小紋は、しゃれこうべだった。
 私はそもそも何のために菩提寺へ向かおうとしていたのかさえ思い出せず、ただ女の小 紋のことだけを考え続けそこに立ちつくしていた。
 誰かが耳元で、ぽうしと囁いた。


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