浅黄色のワンピース
夏が大好きだった。
海水浴、花火、夏祭り、挙げればきりがないほど楽しいことは
あった。その中でも私が一番好きだったのは、お盆に父の実家に帰ることだった。だが、
ある夏を最後に私達が実家を訪れることはなくなった。あれは、春先に盲腸の手術をした
年だったから、私が小学三年生のときのことになる。
河原の石を使って、水をせき止め流れを変えていく。ときどき手術の跡が痛んだが、気
にもならない。日頃、公園や校庭でしか遊べない私は、自分の手で川の表情を変化させる
ことができるその遊びに夢中だった。ただ、石をどう置けばいいのかを考えながらも、気
持ちは土手の上にいる姉さんの方にあった。濃い緑色の葉を繁らせた大きな木の下で、姉
さんは文庫本を読んでいる。風が吹く度に葉が揺れて、姉さんの白いワンピースに様々な形
の木漏れ日模様を落とした。
彼女は私の従姉だったが、私は姉さんと呼んでいた。多分、回りの大人達が、姉さんに
遊んでもらいなさい、姉さんの後について行きなさい、などと言うのを受けて、私も自然
に姉さんという言葉で彼女を呼ぶようになったのだと思う。
私が河原で遊びたいというと、叔母は決まって姉さんに私のお目付役を命じた。そうす
ると、姉さんは嫌な顔もせず、片手に文庫本、片手に私の手を取って、河原へと向かうの
だった。その頃高校生だった彼女にすれば、他にしたいことはいくらでもあっただろう。
だが、そんなことは少しも顔に出さず、本から上げた視線がたまに河原で遊ぶ私の目と合うと、
屈託のない笑顔を送ってくれさえするのだった。河原遊びが楽しかったのは間違いないけ
れども、私が本当に好きだったのは、そんな姉さんとふたりだけで過ごす時間だった。
遠い稜線へと陽が近づくころになると姉さんは本を閉じ、そろそろ帰ろっか、と私に声を
かける。そうすると私は、未練がましくのろのろと砂のついた手を川水で洗い、土手を上
がっていくのだった。
その日は、翌日家へ帰る予定になっていた。それが嫌で、余計にぐずぐずしていると、
姉さんが私の手を取り、からぁすなぜなくの、と歌い出した。そして、繋いだ手を大き
くゆっくり振りながら歩き始めた。私はいつもより少し強く手を握り返しながら、横を歩
く姉さんを仰ぎ見た。と、夕日に照らされた姉さんのお腹がわずかな膨らみを帯びている
ように見えた。思うより先に疑問の言葉が出ていた。姉さんは歌うのを止めると、お腹に
手を当て、何でもないことのように答えた。
「赤ちゃんがいるのよ」
私は思わず手を離した。怖い、と思った。姉さんの平らだったお腹に何かがいる、そう考
えただけで無性に怖かった。気が付くと駆け出していた。家に着くと、庭先に水
を打っていた叔母さんが、ひとり帰ってきた私を怪訝そうに見た。そのまま家に上り、便
所に駆け込む。壁に凭れて動悸が収まるのを待っていると、開けはなった小窓から声が聞
こえてきた。叔母が姉さんを咎める言葉だけがはっきりと聞き取れた。
「馬鹿ね、あの子にそんなこと言うなんて。泣いてたじゃない」
思わず頬に手をやると、指先が濡れた。汗だよ、涙なんかじゃない。私は呪文のよう
に何度もそう呟いた。
翌日の早朝に発つまで、私は姉さんと目を合わせなかった。姉さんも無理に話しかけてき
たりはしなかった。帰りの車の中、私の鬱ぎが伝染したように、父も母も押し黙っていた。
母がときおり、父を責めるような口振りで何かを言ったが、私には何のことか分からな
かった。
その翌年から私達が実家に帰ることはなかった。父にも母にも理由は訊かなかった。
彼等も触れたがらなかったし、なにより私自身、聞くのが怖かったのだ。
それでも、実家の近くにある墓所には毎年参り続けた。しかし、菩提寺への行き帰りに実
家の前の道を通っても、父母はそちらに目をやることさえなく、ただ顔を強張らせているだ
けだった。
私が遊んだ河原もまた、走る車の中から見ることができた。そこを通り過ぎる度に私は窓に
顔を近づけ、木の下で本を読む姉さんの姿を捜した。だが、白いワンピースをそこに見る
ことは二度と無かった。
姉さんの着ていたワンピースの色が白ではなく浅黄色という色であることを知ったのも、
彼女の言った赤ちゃんがいるという言葉に、怖れと同時に感じていたのが嫉妬であったことに
気が付いたのも、それから随分経ってからのことだった。
私が夏を嫌いになったのは、その頃からだったのかもしれない。
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