アズアドッグ

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 胡蝶蘭に着いたときには十一時を回っていた。藤村はセダンを駐車場に停め、外に出た。 まだ十一月というのに、風は皮膚が切れてしまいそうなほど冷たかった。
 飲食店が軒を連ねるなかで、胡蝶蘭の安っぽい青色の壁はひときわ目を引いている。ドア を押し開けるとカラオケに乗ったへたくそな歌声が溢れてきた。藤村は後ろ手にドアを閉め 、店内を見渡した。以前、宮田に連れられて来たときと店の中の様子は変わってい なかった。十あまりあるテーブル席がほとんど空いている。一見客からは容赦なくぼったく るので、ある意味選ばれた客しか居着かない。客が少ないのは宮田が意図的にそう仕向けて いるといえた。
 淡いピンクのスーツを着た女が近づいてきた。ミニスカートの下から長い足が 伸びている。
「おひとりかしら」
 言葉に淀みはなかったが、日本人ではなかった。多分、フィリピン人だろう。藤村は首を 振り、店の奥に目をやった。
「宮田に会いにきた」
 女は形の良い唇を開いて微笑んだ。きれいな歯並びが覗いた。
「社長のお友達ですね。こちらにどうぞ」
 観葉植物で囲われた奥の席に宮田は座っていた。他に男がひとり。店の女が三人。
「やあ、藤村さん。待ってましたよ。さあ」
 藤村がソファーに座ると、彼を案内してきた女がその横に座った。
「ロック? 水割り?」
 女の言葉に藤村は首を振った。宮田が女に、構うなというように首を振った。女は、ご ゆっくり、と言い残して席を離れた。
「紹介しよう。金森さんだ。いろいろと仕事を手伝ってもらっている」
 小柄ではあったが、でっぷりと太っている。男は藤村の方を向いて開けっぴろげな笑みを 広げた。藤村は目礼で返した。
「これが話していた藤村さんだ。どうだ、いい面構えだろう」
 宮田はそう言い、隣に座っている金森の肩を叩いた。金森は再び笑みを浮かべ大きく頷き 、藤村に言った。
「これからよろしゅう。仕事の方は順々に覚えていってもろうたらええ」
 藤村は、宮田の顔を見た。宮田は水割りを一口飲んでから言った。
「金森さんには例の仕事の販売システムを管理してもらってるんですよ。ですが、ここのと ころ人手が足りませんでね。藤村さんにお手伝い頂こうかと思ってるんです。ほら、藤村 さん、この商品の販路がどうなってるか知りたがっていたでしょう。いい機会だから、勉強 がてら、手を貸して下さいな」
 こっちが探りを入れようとすればとことん邪魔をするくせに、こうしていきなり手の内を 晒すようなことをする。宮田というのはどこまでも食えない男だった。
「なに、昼間の二三時間ほどでいいんですよ。夜は今まで通りアズアドッグに居てくれれば いい」
 金森が鼻の頭を掻きながら言った。
「なんや、とうに話がついとるもんやと思っとったのに。…で、どうすんのや。手伝ってくれ はんのかいな」
 藤村は金森ではなく宮田の顔を見て答えた。
「いいでしょう。やらせてもらいますよ」
 例え裏に何かがあるにしても、ゼブラに関することを調べ上げるチャンスには違いな かった。金森が懐から名刺を取りだし、藤村に差し出した。ドラッグ・オン・ネット。 金色の字で、そう社名が刷ってあった。
「そこの住所分かるやろ。明日から早速来てくれまっか。わては一日中そこにいる よってに」
 名刺をテーブルに置いて藤村は言った。
「やはり、インターネットで売っているのか。ゼブラを」
 宮田が目を細めた。右手に座っていた女の子の太股を手で叩き、席を外すように目で示し た。女の子達は連れだって姿を消した。彼女たちがいなくなるのを待って宮田が笑った。
「まったく、藤村さんにはかないませんな。どこで、ゼブラの名前を?」
 藤村はその問には答えず、煙草をくわえた。金森がテーブルにあったライターの火を点け、 藤村に向けた。
「まあ、いいでしょう。どうせこれから話そうと思っていたことですから。そこまでご存知 だったら説明する手間が省けましたよ」言葉の調子に不機嫌さが滲んでいた。「だが、 店の女の子の前ではその話は控えてもらえませんか」
 藤村はそれには答えず、煙草の煙を天井に向けて吐き出した。金森が雰囲気を変えようと でもするかのように明るい口調で言った。
「藤村はんは、パソコン使えるんでっか。そうやったら好都合なんやけど」
「いや、触ったこともない」
「なんや、そうかいな」金森はわざとらしく肩を落とした。「まあええわ。わてが明日から みっちり仕込んであげまひょ」
 宮田がおもむろに立ち上がった。
「今日のところは、これ以上私が話す必要もないようだ。お二人はゆっくりしていって下さい」
 宮田はそのまま消えた。代わりに女の子がふたり現れた。ひとりはさっきまで宮田の隣に 座っていた女の子だった。この子も最初に藤村を迎えてくれた子と同じで多分フィリピン人 だろう。もうひとり、その後ろについて来た子に藤村は見覚えがあった。ゼブラを載せた車 をホテルからこの店の駐車場まで運んだとき、表のドアから藤村を見ていた女の子だった。
「ジェニーちゃんはこっちやで」
 金森が褐色の肌の子に笑いかけ、自分の隣のソファーを手で叩いた。彼女がそこに座ると、 もう一人の女の子は藤村の隣に座った。
「ミユキです。よろしく」
 すらりと伸びた足は大陸系の血筋を感じさせたが、顔つき、言葉使いは日本人のように思 われた。
「藤村さんですね」彼女は水割りを作り始めながら言った。「しっかりサービスするよう、 社長に言われてます」
 彼女は皆に水割りを回すと、グラスを持ち上げた。
「乾杯、新しい出会いに」

 
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