アズアドッグ

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 金森は、ほとんどひとりで喋り続けた。女の子がたまに入れる合いの手が、彼を余計に勢い 付かせた。
「わてもおとなしゅう難波にいといたら、のんびりできとったのになあ。宮田はんに引きず り出されたばっかりに、慣れん生活でくたびれるわ」
 衝立代わりの観葉植物の隙間から、店内の様子を透かし見ながら藤村は訊ねた。
「宮田とはどういう付き合いなんですか」
「難波に宮田はんの舎弟やったひとがおってな。ちょくちょく一緒に仕事をさせてもろうて たんやけど」金森はジェニーという女の子の膝に手を這わしながら答えた。「インター ネット上での商売に詳しい奴を捜しとるんひとがおるんやけど、あんたを紹介してええ かって訊かれたんや。そのひとにな。ええで、いうて答えたら、宮田はんに引き合わされて、 いつのまにかこんなところで商売するはめになったんや。強引やからな、宮田はんは」
 スカートの中にまで這い上がらせた手を女の子に叩かれ、金森はぽってりと肉のつい た頬を震わせて笑った。
「じゃあ、大阪でも同じ様な商売を?」
 藤村の言葉に金森は首を横に振った。
「いやあ、ネット上での商売いう意味では一緒やけど、扱ってるもんは違うんや。わてが 売ってたのはビデオとおもちゃや」
 ジェニーが口を挟んだ。
「そうよ、ユウさんが最初にこの店に来たとき、びっくりしたよ。こんなにいっぱい」彼女 は両手をいっぱいに広げてみせた。「おもちゃを持ってきたんだよ。すごいエッチね、ユウ さんは」
 金森はここではユウさんと呼ばれているらしかった。
「あっちの店を閉めたよってに、商品があまってたんや。女の子達はすぐにわてのことを エッチやゆうけど、あの日、みんなでおもちゃの取り合いしとったやないか。エッチなんは どっちやねん。なあ、みゆきはん」
 呼びかけられたみゆきは、ルージュを薄く引いた唇を引き、笑みを浮かべた。
「こういう店に勤めていても、結構うぶな子が多いのよ。だからあんなものが珍しいんじゃ ないかしら」
 自分はあんなものに興味はないという風にも、自分はうぶじゃないという風にも取れる口 振りだった。藤村は隣に座る彼女の顔を見た。充分に手入れされた眉、深い二重瞼。その下 の瞳は薄い茶褐色だった。
「そういえば、みゆきはんだけは、おもちゃに手え出さへんかったなあ。まっ、そのうちみ ゆきはんの眼鏡にかなうような奴を手に入れて持って来ますわ」
 ええ、楽しみにしてるわ、みゆきはそう言うと、藤村の顔を見た。一瞬、目が合った。 藤村は視線を逸らすと、グラスを持ち上げ、口を付けた。久しぶりに飲む水割りは、ただの水 のように頼りなく感じられた。
「さてと、ほな、わても帰るで。藤村さん、明日、事務所の方で待ってるよってに、よろ しゅうな」
 金森が立ち上がった。藤村もグラスをテーブルに戻し、立ち上がった。
「私も引き上げます」
 みゆきが彼の肘を、軽く手で押さえた。
「ちょっと待って、藤村さん。社長からことづけものがあるの。ちょっと座ってて頂けない かしら」
 金森が小さい目をしばたかせながら言った。結構、酔いが回っているようだった。
「ほな、わては先に帰るで。お先に」
 彼はジェニーの腰を抱いて、出口の方へとふらつきながら歩いていった。藤村は、みゆき の顔を見た。
「ごめんなさい。今のは嘘。ちょっとふたりでお話がしたかったの」
 悪戯っぽく笑うと、鼻の頭に小さな皺が寄った。どちらかといえば冷たい感じを受ける顔 が、その表情ひとつでまったく違う印象になった。場慣れしていない若い男なら、この 表情の落差を見せられるだけで彼女に参ってしまうだろう。
「金森さん、悪いひとじゃないんだけど、ひとりで喋りっぱなしだから困るのよね」
「話というのはなんだ」
 彼女は、薄いシガレットケースを取りだした。その中から細巻の煙草を拾い上げ、唇にく わえた。軽やかな着火音の後、メンソールのにおいが漂ってきた。彼女は煙と一緒に言葉を 吐いた。
「せっかちなのね。……いいわ。訊きたいことがあったのよ」彼女は声を少し落とした。「 ゼブラ。私、持ってるのよ。興味あるんでしょ、藤村さん」
 藤村は黙って彼女の顔を見つめた。だが、そこからは何も読みとれなかった。
「私、もう仕事をあがれるわ。少しだけ車で待っていてくれないかしら。うちに来てくれれ ばゼブラを見せて上げられるわよ」彼女はもう一度笑みを浮かべた。「もし、そうしたいん だったら、試してくれてもいいのよ、ゼブラを」


 
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