アズアドッグ

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「いったい、どうしたっていうんだ」
 須賀見は藤村に手を貸して立ち上がらせた。
「あんたか」
「あんたか、じゃないだろう。何者だ、あいつは?」
「たちの悪い客さ。ちょっと懲らしめてやろうと思ったんだが、――このざまさ」
 藤村は須賀見に肩を借りて歩き始めた。
「あんたがいくら鍛えてたとはいっても、若くていきのいい奴らにゃ太刀打ちできんぜ。少 しは身の程をわきまえないとな」
「ああ、気を付けることにするよ」
 アズアドッグの下まで戻ってくると、藤村は階段に腰を下ろし、煙草に火を点 けた。林の車はなくなっていた。須賀見はコートのポケットに両手を突っ込み、藤村を見下 ろしながら訊いた。
「何かやっかいごとに巻き込まれているのか?」
 藤村は煙草の煙を肺の奥まで吸い込んだ。脇腹が痛んだ。
「ちんぴら仲間から抜けさせたい奴がいるんだが、うまくいかないのさ。変な風に関わり合い になっちまったもんで手を焼いている」
 須賀見は藤村の隣に座った。
「この店の経営者も素人じゃないらしいじゃないか。そのちんぴら仲間っていうのもここの 関係者かい」
「ああ、そうだ。ここで刺された外人がいただろう。ちょっとした運び屋をしてたんだが、 ものを横流ししたのがばれてあんな目に遭ったらしい。そいつをどうにか足抜けさせ ようとしてる奴がいてな。俺も成り行きで手を貸している」
「運び屋か。一体、何を扱ってるんだ、そいつらは」
「未承認の薬さ。輸入代行ってことにはなっているが、怪しいものだ」
「なるほどな。やくざも新手の仕事を考えないとやっていけないってわけか」須賀見も煙草 を取り出しくわえた。「しかし、あんたが相手をしていた奴、かなり空手をやっているぜ。 あんなやつとまともに渡り合えると思っていたのか」
 藤村は苦笑し、唇の端から煙を吐いた。
「あいつは俺に恨みを持ってるんだが、事情があって俺に手を出せない。放っておくと、 腹いせに俺の身代わりばかり痛めつけかねない。だから、ちょいとガス抜きをするために相手をして やったのさ」
「じゃあ、端からやられるつもりだったのか」
「あそこまで、一方的にやられるつもりじゃなかったんだがな。ちょっと力を量り損ねた ようだ」
「まったく、あきれるぜ、あんたには」
 須賀見は勢いをつけて立ち上がった。
「あんたと矢を投げようと思ってきたんだが、その身体じゃあ無理なようだな。 これだけ、渡しておくよ」
 内ポケットから折り畳んだ紙を取り出し、藤村に差し出した。藤村は煙に目を細めながら それを受け取った。
「事前登録が必要だったんで、あんたの名前も書いておいたよ。当日は、一時間前に会場 へ来てくれればいい」
「待てよ。何の話だ」
「この前話しただろう。ダーツの大会だ。あんたがこなけりゃ俺も出場できない。ペアマッチ だからな。宜しく頼んだぜ」
 藤村は肩をすくめた。
「強引だな。行けるかどうか分からないぜ」
「心配することはない。あんたの腕ならいいとこまでいけるって。びびることはないぜ」
 藤村は首を振って、紙を懐にしまい込んだ。
「身体には気を付けろよ。少なくとも大会が終わるまでは、例の空手屋ともことを構えな いことだ。じゃあ」
 須賀見は煙草を投げ捨て、路地の奥へと消えていった。
 藤村は座ったまま二本目の煙草に火を点けた。煙を噴き上げた先、アズアドッグのイルミ ネーションが冷たく輝いていた。

 
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