アズアドッグ

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 バーテン達を帰した後も、ぐずぐずと飲み続け、気が付くと二時を回っていた。春日井と 林。たちの悪いツーペアを相手にしただけで今晩は充分だった。もう、引き上げるべき時間だった。藤 村が身体を引きずりながら、店の片づけを終え、電気を消そうとしたとき、階段を上がってくる足音 が小さく響いた。ドアが開き、新たなカードが加わった。最悪のスリーカードだった。
「間に合いましたね」宮田のカメレオンじみた目が気味悪く動いた。「どうかしたんですか。顔色が 良くないようだ」
 さっき、林とやりあったことまでは、さすがに耳に入っていないようだった。
「何の用だ」
「金森に渡して欲しいものがあるんです」
 ベルベットのジャケットの内ポケットから、プラスチックのケースに入ったフロッピーディス クを取り出した。
「大事なものですから、取り扱いには気を付けて下さい」
「何が入ってる?」
 少し考える素振りをしてから宮田は言った。
「顧客データですよ。金森のところで作っているデータと、別ルートで掴んだ客のデータがありましてね。 これはそれを統合したファイルです。過去の売買履歴も入力されているから、誰がどんな クスリを欲しがるのかが一目瞭然ってわけです」
 藤村は受け取ったフロッピーに目をやった。ラベルも何も貼っていない。
「くれぐれも気を付けて下さいよ。我々の商売の生命線なんですから。明日……というよりもう今日 ですね、必ず金森に届けて下さい」
 そこまで言うと、宮田は急に相好を崩した。
「いや、まったく、藤村さんに仕事にかんでもらうようになってから、随分助かってますよ。これか らも宜しくお願いしますよ」
 宮田は金森のマンションに行ったことなどないのだろう。そういうところは慎重な男だった。 危険な場所には決して立ち入らない。
 きびすを返しかけた宮田の背中に藤村は声を掛けた。
「今日、刑事がきたぜ」
 宮田が振り向いた。顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「何の用だったんです?」
「ボブがけんかをして怪我をしたんで、相手に心当たりがないか訊きにきたんだ」
 宮田は肩をすくめた。
「林ですね。困ったもんだ。奴は血の気が多すぎる。……で、刑事には何と?」
「心当たりはないと言っておいた。刑事は怒って帰っていった」
 宮田は満足そうに頷いた。
「助かります。その調子でお願いしますよ」
 再び、背中を向けた宮田に藤村は言葉を投げつけた。
「その刑事が言ってたぜ」
 宮田が鬱陶しそうに振り向く。
「何をです?」
「あんたが、今でもシャブを扱っているはずだと」
 一瞬の沈黙の後、彼の哄笑が店を満たした。笑い終えると首を振りながら言った。
「この前も言ったはずです。昔は、そういう商売をやらなくちゃならなかった。上から命じられてね。今は 自分で仕事が選べるんですから、そんなやばいことを進んでやるつもりは毛頭ありませんよ」
 これで話は終わりだとでもいうように軽く手を挙げて、宮田はドアの向こうに消えていった。
 藤村は手に持っていたフロッピーを、ポケットに落とし込んだ。

 
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