アズアドッグ

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 立ちこめる紫煙が濃さを増すにつれて、部屋の空気は重くなっていった。金森がソファーを立ったり 座ったりするだけで、他の誰も動こうとはしなかった。宮田が何本目かの煙草を灰皿で押し消す と、カウンターの脇の小さな引出を開いた。
「どうも皆さん口が重いようですね。じゃあ、こういう趣向はどうですか」
 カウンターの上にごろんと黒い固まりが転がった。トカレフだった。
「このまま誰も喋ってくれないと、私としては全員に責任を取ってもらうしかありません。もちろんそん なことはしたくないんですよ。なにより商売に差し支えが出る。ですから、ここはひとつ、お互いに話を 引き出し合ってもらうしかないでしょう。さっ、どなたでも結構です。それを使って下さい」
 金森は血の気の引いた顔で宮田を見つめていた。それなりの修羅場はくぐってきているのだろうが、所 詮は商売人、直裁的な暴力の現場には慣れていないのだろう。傍らの加納はソファーに座ったままトカレ フをじっと見つめている。やはり青ざめていたが、金森よりははるかに落ち着いて見えた。
「さあ、誰が使うんですか。私も一晩中あなた方に付き合うわけにもいかないんですよ」彼の右手には、 いつの間にか煙草の代わりに銃身の短い小口径のリボルバーが握られていた。「やはり、私がひとりひと り順番に訊いていかないとだめですか。こういうのは苦手なんだが……」
 宮田が撃鉄を引き起こした。ゆっくり銃身を持ち上げ、金森の額の真ん中に照準を合わせた。 金森の血走った目が見開かれ、口が半開きになった。不意に加納が立ち上がった。カウンターに歩み寄り、 トカレフを掴もうと手を伸ばす。だが、彼が黒い銃身に触れる前に、その銃把は藤村に握られていた。 加納は空を掴んだ手を泳がせたまま、藤村の顔を見上げた。藤村は それに答えるかのように、銃口を加納の鳩尾に向けた。その様子を見ていた宮田は、含み笑いをしながら リボルバーを持った右手を下げた。左手でグラスを掴むと、壁際まで後じさりして、ソファーに身体を 沈めた。
「さあ、まずは藤村さんが一歩リードだ」
 トカレフは出来の悪いデッドコピーだった。下手をすれば暴発する。藤村は手の中の 鉄の塊を二度三度と軽く揺すり、感触を確かめた。トカレフは在職中に一度試射したことがある。その ときの不快なバックブローの感触が手に蘇った。
「加納君、藤村さんは君をご指名だ。何か言ったらどうだい」
 加納は藤村の目を見つめたまま瞬きもしなかった。灰皿に置いたままの煙草から立ち上る煙が、銃口と加 納の身体の間を生き物のように漂っている。
「おやおや、結局、誰も話してくれないようですね。でも、誰かに責任は取ってもらわなくちゃいけない。 ――ではこうしましょう。あなた達にもう一分だけ あげます。その間に誰も話さないのなら藤村さんが引き金を引く」宮田はリボルバーを足の間でぶらぶらと 揺らしながら続けた。「すっきりしない終わり方ですがね。けじめにはなる。少なくとももう誰もデータを 外に漏らそうとはしなくなるでしょう。――ちなみに、この部屋の防音処理は完璧です。銃声を気にする必要は ありません。そう、それから、運悪く加納君が怪我だけで済まなかったときの後始末もご心配なく」
 宮田が壁の時計に目をやった。
「ちょうどいい。今、十一時五十九分です。あの壁の時計が十二時の鐘を打ち終わるまで待ちましょう」

 
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