アズアドッグ
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「やっとつかまえたぜ」春日井は大股でカウンターに近づいてきた。「電話にも出ないで、
飲んだくれてたのか」
「何の用だ」
春日井はカウンターの側に立ったまま藤村を見下ろした。
「ロナルド・マクラフリン」藤村の頭にその名前が染み通るのを待ってから続けた。
「奴は死んだぜ」
藤村は黙って刑事を見つめ返した。春日井は口の端から笑いを漏らした。
「驚かないようだな。上等だ。今晩、お前がどこにいたのか教えてもらおう」
ダーツの先を指の腹で撫でながら藤村は答えた。
「ここにいた。他に行き場所もない」
「ふん、バーテンどもに訊いても無駄なんだろうな。とっくに口裏は合わせてあるってい
う顔だぜ」鬱陶しそうに藤村の指先に目をやる。「バーテン以外に、お前がここにいたこ
とを証明出来る奴はいるのか」
藤村は少し間を取ってから言った。
「ボブも一緒だった」
春日井の太い眉が動いた。
「林にやられたあの外人か。もう、退院してたんだな」
「ああ。――何故俺を疑うんだ」
えらの張ったごつい顔に薄ら笑いが浮かんだ。
「死体があることを通報してきた電話は、低い中年男の声だった」
「そんなやつはいくらでもいる」
「そうだな。だが、電話の架かってきた場所が問題だ。そいつはわざわざ派出所の
番号を回している。普通はそんなことをしないだろう。110に架ければ済む話だ。
おそらく、通報の記録が残るのを嫌って、派出所の方に架けたんだろう。――あの外人
に関わりのあった人間で、そんな細かい芸当をする奴は、俺が知っている限りじゃひと
りしかいない」
スツールに掛けたままになっていたスーツから煙草のパッケージを取り出す。だが、中には一本も
残っていなかった。春日井が自分のラッキー・ストライクをパッケージごと投げて寄越した。
「似合わないものを吸ってるんだな」
「ニコチンがたっぷり入ってりゃ、銘柄なんて何でもいいのさ」
藤村が最初の一口を吸い込むのを、春日井は黙って見ていた。むせるほどの濃い味が口腔に広がっていく。
藤村は細く長く煙を吐き出してから言った。
「ロンを殺した奴が通報したと思っているのか」
「そう思っていれば、お前に煙草を呉れてやった上、のんびり話をさせてないさ」春日井は
自分も煙草をくわえて火を点けた。「お前には貸しがある。ここで返してみろよ」
「宮田のことでは協力すると言った覚えはある。これは関係のない話だ」
春日井の脂の浮いた額が赤く染まった。が、二三回煙草を吹かす内にそれは元の浅黒い色に戻った。
ここで怒鳴り散らしても何の儲けにもならないことは、彼も分かっているようだった。そんな春
日井の様子に気付きもしないように、藤村は淡々とした口調で訊ねた。
「ロンはどんな風に殺されていたんだ」
春日井が一瞬躊躇したのが分かった。話すのと話さないのとどちらが得か計算したのだ
ろう。彼は慎重な口調で答えた。
「胸を刺されていた。凶器は自分が趣味で集めていたアーミーナイフだ」
「他に外傷は?」
「あちこちに打撲の痕が残っている」
「何故だと思う?」
ただでさえ細い目が一層細められた。
「何故ひと思いに殺さなかったかということか? おそらく奴を痛めつけて何かを聞き出そう
としたんだろうな」
藤村は小さく頷いた。
「ロンは宮田の下で、ゼブラと呼ばれる未承認薬を扱っていた。以前、奴がここで刺されたの
は、ゼブラをくすねたのがばれたからだ」
「そうだったのか。――ということは、今回もそのゼブラが絡んでいると?」
「くすねた薬をロンがまだ隠し持っていれば、宮田達は取り戻そうとするだろう。さすが
に病院じゃ手が出せなかったが、退院すれば思うがままだ」
「なるほどな。だが、命を取られてまで守り通す程のものでもないじゃないか。一体、いくら
ぐらいになるんだ、そのゼブラっていうやつは」
「無論、量にもよるが、所詮くすねた程度なら、せいぜい百万か」
「馬鹿らしい。痛めつけられてまで黙っておく訳がないぜ。たかが百万で」
「そうだろうな。ロンは訊かれるままにゼブラの在処を喋っただろう。だが、問題はそれで済
ませる奴等かどうかということだ。宮田はひとに裏切られるのが何より嫌いな男だ」
春日井はフィルター近くまで吸った煙草を灰皿で押し消した。
「まあ、お前の推理は拝聴しておこう。で、肝心な用件の方はどうなんだ。お前は何故ロンが
死んだことを知っていた」
「くどいな。そんな電話をした覚えはない」
春日井はついと藤村から視線を逸らすと、カウンターの上に放り出したままのパッケージを掴んだ。
「いいだろう。今日の所は、名推理を聞かせてもらった代わりに勘弁してやろう。だが、忘れ
るなよ。これで俺の貸しが帳消しになった訳じゃないぜ」
彼は入ってきたときと同じ勢いで出て行った。やがて、店の下で車のセルが回る音がし
て、エンジン音が遠ざかっていった。
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