アズアドッグ

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 藤村は宮田の顔を見返した。宮田の目にはいつもの冷たい光ではなく、憎悪の炎が宿っていた。 それは藤村に古い記憶を蘇らせた。高校生に覚醒剤を売っていた宮田。現行犯として手錠を掛けた とき、彼は路上に唾を吐き捨て、藤村を睨みつけた。今の宮田の目は、そのときと同じ色をしてい た。
 引き金に掛けた指は、いつ引かれてもおかしくはなかった。宮田以外の三人は、ただ黙ってその 銃口を見つめていた。加納の荒い息づかいだけが部屋に響いている。そんな息詰まるような雰囲気 を破ったのは林だった。
「宮田さん。ここで殺すのはまずくありませんか。こいつもいることですし」
 辰野の方に顎をしゃくる。宮田は藤村から視線を逸らさずに答えた。
「彼がいるからこそ好都合なんだ。ここで人が死ねば彼も後戻りは出来なくなる。我々と運命を共 にするしか方法はなくなるわけだ」
 藤村は辰野の横顔を見た。奥歯を噛みしめているのだろう、顎の筋肉が盛り上がっている。藤村 は視線を宮田に戻し、言った。
「そんなに俺を殺したいか」
 宮田は鼻で笑った。
「あんたには随分振り回された。はっきり言おうか。あんただけは何度殺しても飽き足らんよ」
「刑務所にいる間に女が逃げたからか」
 椅子にぐったりと身体を沈めていた加納の身体が、ぴくりと動いた。宮田は目を細めただけで、 口は開かなかった。藤村は押さえた声で続けた。
「刑期が終わったときには、女はお前の子供を連れたまま他の男と姿を消していた。お前は女を許 せなかった。女を探し出し殺した。子供と男も一緒にな。――そうなったのが、俺のせいだと 思っているんだろう。俺がお前を逮捕しなければ、そんなことにはならなかったと」
 宮田はカウンターを回って、藤村の側に歩み寄った。息が掛かるほどに近づくと、銃底で藤村の こめかみをしたたかに殴りつけた。加納が縛り付けられた椅子にすがり、藤村はかろうじて倒れる のを免れた。
「私が誰を殺しただと?」
 藤村を見下ろし、宮田は言った。頭蓋の震動が収まるのを藤村は待った。胃の中のものを戻しそ うだった。と、それまで黙り込んでいた加納が急に喚いた。
「お前が、姉さん達を殺したんだ」
 林が気色ばみ、拳を握りながら加納に近づいた。それを宮田が目で制した。林の足が止まる。加 納が続けた。
「お前は刑務所を出た後、姉さん達が住んでいる場所を探し出し、すぐに嫌がらせを始めやがった。 俺は姉さんから何度も電話で聞かされたんだ。――外から部屋に帰ると消したはずのテレビがつい ていたり、小鳥の死骸がテーブルに置いてあったり。子供を保育園に迎えに行って、親戚のひとが 先に連れて帰ったと言われたときには、姉さんは気も狂わんばかりだった。だが、どんなことをし ても、結局、姉さんはお前のところには戻ろうとはしなかった。それでお前は……」
 加納は腫れ上がった顔を上げて、宮田を睨んだ。
「俺はお前を許さない。絶対、殺してやる」
 宮田は前を向いたままゆっくり後ろに下がると、カウンターにもたれかかった。
「あの火事は事故だった。警察がそう認めているぜ」
「証拠が見つからなかっただけじゃないか。俺には証拠なんて必要ない。お前がどんな奴か知って いるからな」
「謳ってろ。だが、そんな状態でどうするつもりだ。今更、どうにもできやしないぜ」
 子猫をいたぶるような表情が宮田の顔に浮かんだ。
「そうだな。せめて最後に、教えといてやろう。――お前の言う通りさ。あいつを殺したのは私さ」
 加納が意味不明の雄叫びを上げると、身体を激しく動かした。椅子ごと横倒しになったが、それ でもあがき続け、がむしゃらに宮田に近づこうとしていた。突然、大きな音がして椅子の背もたれ が砕けた。加納の手の戒めが緩む。宮田が素早く銃口を上げた。動くんじゃない、藤村が加納にそ う叫ぼうとしたときだった。部屋の扉が乱暴に押し開けられた。
「ポリス!」
 女の甲高い声が部屋に響いた。店で見かけたことのあるフィリピン人の娘だった。部屋の照明が 落ちる。何も見えない。宮田が林の名を呼ぶと、ドアへと走っていくのが気配で分かった。

 
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