アズアドッグ
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ボルボの中での長い沈黙の後、ようやく須賀見が姿を現した。彼はシーマをボルボの
隣に停め、サイドブレーキを引いた。
「必ず金森のところへ行くんだぞ。間違ってもマンションに戻ったりするんじゃない」
藤村の言葉に、みゆきは気のない様子で頷いた。その視線はウインドウ越しに須賀見の顔に注
がれている。藤村はみゆきに別れを告げると、加納を促し車を降りた。
「あいつはすぐに宮田に連絡を取るぞ。いいのか」
加納はドアを荒々しく閉めると、みゆきの方に顎をしゃくった。それを無視して藤村はシーマ
の助手席に乗り込んだ。スラックスの背中に挟んだ銃が、シートに押されて背骨が痛む。冷たい
一瞥をボルボの運転席に送ってから、加納もシーマの後部席に収まった。
「悪かったな」
「なに、ちょうど暇を持て余していたところさ」
須賀見が車を出した。サイドミラーの中、ボルボが小さくなっていく。
「どこに行けばいい」
「しばらくは適当に走ってくれ」
「つけられているのか」
藤村は返事代わりに煙草を出し、火を点けた。須賀見が加納の方に頭を倒した。
「この坊やは?」
「宮田の下で働いていたんだが、やっかいごとを起こして追われている」
「そのとばっちりを、あんたが受けたってわけか」
「まあ、そんなところだ」
「奴等はあんた達を捕まえてどうするつもりなんだ」
「さっきは殺されかけた」
「穏やかじゃないな」
車は右折し国道に入った。二車線の道路を、車の間を縫いながら加速していく。
「坊や、何をやったんだ」
須賀見が後部席に話しかけた。加納が尖った声で応える。
「あんたには関係ないよ」
「ほう、ご挨拶だな。こうして俺はお尋ね者を乗せて走っているっていうのに、関係ないとは
な」
加納が藤村の様子をうかがった。どこまで須賀見に話していいものか見当がつかないといった
顔だった。煙草をくわえたまま藤村が言った。
「やばい商売の顧客リストを横流ししたのさ」
「横流しじゃない。警察に……」
加納が言いかけて口を噤んだ。藤村が後を取った。
「警察に協力するつもりだった。そういうことだな」
ため息をひとつついて、加納はあきらめたように話し出した。
「ある日俺が金森さんの事務所を出ると、男が待っていた。男は俺に手帳を見せた。彼は事務所
で何が行われているか全て知っていると前置いてから、俺に協力するよう命令した。そうすれば
俺は見逃してくれると」加納はそこまで言って慌てて付け足した。「別に俺はひとりで助かりた
かったわけじゃない。でも、逮捕されてしまえば、宮田に復讐ができなくなる。それだけはどう
しても避けたかったんだ」
「で、お前は男に言われるまま、顧客リストを持ち出したと」
加納は頷いた。
「そのリストを証拠に、売り手も買い手も一斉に検挙すると刑事は言った。俺は金森さんの下で
働きながら宮田に復讐する機会を待っていた。でも、例え隠れ蓑ではあっても、売人の片棒を担
いでいることには違いない。いつもそのことに負い目を感じていたんだ。だから男の申し出は俺
にとっても願ってもないことだった」
「だが、宮田が捕まれば、復讐もできないだろうに」
加納は鼻で笑った。
「宮田が捕まるはずがない。捕まるのはいつでもとかげのしっぽだけさ」
一転して暗い声音になった。「でも、刑事は俺が思っていたような奴じゃなかった。リス
トを手に入れると、顧客に強請をかけ始めたんだ」
「それにいつ気付いた」
「なにかおかしいとは感じていた。でも結局、胡蝶蘭で宮田にテープを聞かされるまでは刑事を
信じてた。馬鹿な話さ」
それまで黙ってふたりのやりとりを聞いていた須賀見が口を開いた。
「その刑事というのが、あんたの友達なんだな、藤村さん」
「そういうことだ」
藤村は窓を薄く開いて、煙草の煙を車外に流した。加納が硬い声で言った。
「あんたがあの刑事の知り合いだとは思わなかった。――宮田の言う通り、あんたはあの刑事と
ぐるになっていたのか」
「もしそうだとしたらどうするんだ」
加納の目が冷たく光る。そのとき、須賀見が低い声で割って入った。
「いがみあっている場合じゃないみたいだぜ、おふたりさん。おかしな車がさっきからついてき
ている」
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