アズアドッグ

63


 加納がドアを開けると、カウベルが虚ろな音をたてた。彼は入り口に立ったまま店内を見渡した 後、ゆっくりとカウンターへ近づいていった。その後を追いながら、藤村は店内に視線を走ら せた。入り口の左手、ダーツボードの前に林がいた。高いスツールに腰を降ろし、テーブルに両肘 をついている。テーブルの上には、グラスと拳銃が並べて置いてあった。藤村を真っ直ぐ見返す彼 の目には、何の感情も浮かんでいなかった。
「時間通りですね」
 声の方へ目を転じると、部屋の反対側に宮田の姿があった。いつも藤村が座っているテーブル席 だった。隣の椅子にはみゆきが座っている。彼女の青白い顔の中で、オレンジ色のリップだけが鮮 やかに浮き上がって見えていた。
「悪いんですが、そこに立ったままでお願いしますよ。さっきみたいに出し抜かれるのはもうご免 だ」
 藤村は背中に林の刺すような視線を感じながらいった。
「関係ない人間は外に出してくれないか」
「関係ない人間? みゆきのことですか。これはまたおかしなことを。彼女なら首までどっぷりと 浸かっている」
 藤村の隣に立っている加納が何かを見つけ、不意に身体を強張らせた。
「金森さん」
 加納の視線を追った藤村の目に、店の隅に身体を丸めて横たわる金森の姿が映った。金森に駆け 寄ろうとする加納を、宮田の銃口が押しとどめた。
「そこから動かないように。金森さんなら大丈夫だ。骨の二三本は折れてるかも知れんがね」宮田 は口元に笑いを浮かべた。「しかし、彼があそこまで抵抗するとは思いませんでしたね。みゆきを 逃がそうとするがために」
 みゆきが宮田の横顔を睨み付けてから、視線を藤村に移していった。
「金森さん、こいつらが踏み込んできたときに、無理にわたしを逃がそうとしてくれて……」
「加納が引っかかって来るかと思って金森のところで網を張ってたんだがな」林が後ろでいった。 「まさか、みゆきが来るとは思わなかったぜ。しかし、金森も馬鹿な奴だぜ。おとなしくしてれば 大阪だろうがどこだろうが好きなところに行かせてやったのによ」
 加納の手が拳銃伸びる。藤村は身体を彼に寄せ、その動きを止めた。加納の頬の肉がひきつる。
「さあ、本題に入りましょうか。話して下さいよ、あなた達がしてきたことを」
 宮田が藤村の方を向いていった。だが、しばらくの沈黙の後、口を開いたのは加納だった。
「話せば金森さんを離してくれるのか」
 宮田は黙って頷く。加納は一度藤村に目を遣ってからゆっくりと話し始めた。
「金森さんのところで働きはじめて二ヶ月ほどした頃、マンションを出た俺にあの刑事が話しかけ てきたんだ。刑事は俺達が何をやっているか全て知っていた。そして俺を見逃す代わりに顧客リス トを渡せと奴は持ちかけてきた。そのリストで薬の常習者をひとりずつ挙げていくと奴はいった。 俺はその話に乗った。奴がそのリストを強請のネタに使うなんて思ってもみなかったんだ」
宮田は首を振った。
「おかしな話ですね。あの刑事はどうやって加納君のことを知ったっていうんですか」
「うちのホームページが裏ルートでも商売しているという噂を聞いて、プロバイダ経由 であのマンションの部屋を突き止め、そこに出入りしている俺をマークしていたといってた」
「まあいいでしょう。じゃ、今回の件はあの刑事がひとりで画策したことだといいたいんですね」
「そうだ。このひとは関係ない」
 加納は頭を藤村の方に傾けていった。
「じゃあ、もうひとつ訊きましょう。強請の電話をかけていた男は誰なんです? あの刑事の声 じゃなかったはずですよ」
「知らないよ。あの刑事が引き込んだ仲間だろ。そんなことは奴に直接訊いたらいい」
 加納が吐き出すようにいった。宮田は椅子の背もたれに身体を預けたまま、加納をじっと見つめ た。そして、しばらくしてから静かにいった。
「いいでしょう。君の話を信じましょう。――どうやらあとはあの刑事さんに訊いてみるしかない ようだ」
 宮田が林に目配せをした。背中に林の気配が近づく。
「みゆきと金森さんはしばらく私が預かります。藤村さんはしばらくここに残ってから家に帰って 下さい」
 林が加納の後ろにぴたりと付いた。
「何の真似だ」
 加納が振り向こうとすると、林の膝が加納の腰骨の上にめりこんだ。加納は息を詰まらせて床の 上に膝をついた。宮田が憂鬱そうな口調でいった。
「加納君は林とドライブに行ってもらいますよ。ちょっと長いドライブになりそうですがね」
「やめておけ」藤村は左手を伸ばして林の肩を掴んだ。「加納は何も知らなかったんだ」
 緩慢な動きで宮田の銃口が持ち上げられ、藤村の胸に向けられた。
「何も知らなかった? それがどうしたっていうんです。彼はわたしの顧客リストを持ち出したん ですよ」
 林が藤村の手を振り解くと、口の端を曲げながらいった。
「藤村、あんたもドライブに行きたいんだったら一緒に連れていってやるぜ」
「林、藤村さんに失礼な口をきくな。この件とは関係なかったんだからな」
 宮田の言葉に林は笑いを収め、加納の襟首を掴んで引きずり立たせた。加納は一度立ち上がった 後、ふらついて近くのテーブルに凭れかかった。その手が素早く拳銃に伸びるのを見て、藤村は壁 際に向けて跳んだ。林と宮田の銃口が藤村を追う。加納はそのタイミングを逃さず、振り向きざま に林を撃った。だが、至近距離だったにもかかわらず、弾は逸れて壁に穴を穿った。林が床に身体 を投げ転がる。加納は狙いを定められず、銃口を左右に振り向けた。
 その加納の背中に向けて宮田が照準を合わせるのが見えた。藤村はテーブルを押し除けて宮田に 飛びつこうとした。――間に合わない。そう思った瞬間、みゆきが宮田の腕にしがみついた。 宮田は立ち上がってみゆきを振り解くと、彼女の首筋に銃把を叩き付けた。みゆきが崩れ落ちる。 しかし、宮田が体勢を立て直す前に、藤村はその顎を殴りつけていた。椅子とテーブルをなぎ倒し ながら宮田の身体がふっとぶ。すぐさまその身体に飛びつき、胸ぐらを締め付けたとき、 銃の乾いた発射音が響いた。目を上げると、加納が二回転してカウンターにぶち当たり、スツールに しがみつきながら床に倒れるのが見えた。

 
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