どんぐり
あぜ道は山裾に達すると、緩やかな傾斜の山道へと変わった。息子の手を引きながら、
灌木の間を抜ける。水の無い小川に架かる木橋を渡り、地表に這い出した古木の根を
越えてゆくと、岩の壁に突き当たった。
垂直に切り立ったその岩には、何体かの仏が刻まれている。だが、どの仏も表情が
分からないほど摩耗してしまっていた。この子安磨崖仏の由来を辿れば平安まで遡ると、
いつか読んだ雑誌に書かれていた。
仏の頭に付いた汚れを親指で拭っていく。一体、二体……。ふと気付くと、息子が見え
なかった。いましがた来た道へと戻ると、道端にしゃがみ込み熱心に何かを捜す姿が
あった。
私が踏む枯れ葉の音で顔を上げた息子は、「どんぐり」と言って立ちり、上向き
に開いた両手を突き出す。使い込んだ漆器を思わせる深く艶やかな輝きの
木の実が三つ、そこにはあった。足元を見ると、落ち葉の合間からまだ幾つもの茶
色の実がのぞいている。息子は再び座り込み、静かに団栗を集め始めた。
山を下りるときには、息子のポケットは団栗で膨れ上がっていた。歩く度にぐりぐりと木
の実が擦れ合う音がした。
「おかあさんにあげるんだ」
訊ねもしないのに、大股で山道を下りながら息子が言う。
お菓子、おもちゃ、幼稚園で描いてきた絵。供え物をあげることを覚えた息子は、様々
なものを、仏壇に積み上げてしまっている。妻の写真が見えなくなるほど堆く。
団栗はそのままでは散らばってしまうから、今朝空けたジャムの瓶を洗ってそれに詰め
るのがいいだろう。そう考えていて、可笑しくなった。わずかな日を重ねただけで、こん
な些細なことに気が回せるようになった自分が不思議だった。
山道の抜け口を夕日が照らすのが見えてきた。息子が走り出す。
あぜ道に降りて振り向き、早く早くと手招きする。全身を茜色に染めながら。
弾む息で揺れるその肩を抱きしめたくて、私も一気に坂を駆け下りた。
HOME