警官殺し
前田高光の顔がフェイドアウトし、テロップが流れ始めた。
『乱舞の果て』は何
度みてもいい。フィルムの中で高光は十五人の警官を殺す。それも最高にクール
なやり方で。俺はビデオを止め、窓のカーテンを引き開けた。ワンルームの部屋に
強烈な朝日が差し込む。その光が、高光のような男になる日が来たことを俺に告げ
ていた。黒革のコートを掴み、部屋を出た。
電柱に凭れて煙草をふかす。国道を挟んだ対岸、陣崎署の正門を出入りする警官
の顔にさりげなく目を走らせる。できるだけ傲慢そうな奴がいい。そいつの腹に
アーミーナイフを突き立てるのだ。警官殺し――明日の新聞は俺のことを書き立て
るだろう。そして、俺の写真を見た高光はこう言うのだ。見ろよ、こいつを。俺と
同じ目の色をしてやがる。
突然のざわめきに俺は我に返った。署の正面階段を騒がしい一団が降りてくる。
その中にはテレビカメラを担いでいる男もいた。俺は国道を渡り正門の側に立つと、
新しい煙草に火を点ける振りをしながら彼等が近づくのを待った。集団の中から声
が上がった。
「署長、今の御気分はいかがですか」
記者達に囲まれ、制帽しか見えない男の上機嫌な声が答えた。
「たまにはこういうのも悪くないな」
記者達のおもねるような笑い。――大きな事件が片づいて記者会見でもしてきた
ところか。ちょうどいい。奴をこいつらの前で殺してやる。そうすれば、一時間後
には血塗れのナイフを手にした俺の姿が全国に流れる。
門を出て来た一団を追い、背後から署長へ近づく。かき分けた人垣の間から紺色
の制服がのぞく。がっしりした肩、広く平らな背中。ナイフを抜き出しながら、俺
は最後の一歩を勢いよく踏み出した。次の瞬間、ナイフは根元近くまで男の背中に
飲み込まれていた。男は声も発しないまま前のめりに倒れた。溢れ出す悲鳴。倒れ
た男と俺を残して、人の輪が大きく広がった。まるで俺達にだけにスポットライト
が当たっているかのようだった。――最高の気分。
怒号を上げ飛びかかってくる警官達。あっという間に組み伏せられた俺に、
シャッター音が豪雨のように降り注ぐ。地面に力任せに押しつけられながらも、俺
は顔を上げて記者達のカメラを、――いや、その向こうにいるはずの高光をじっと
見つめた。『乱舞の果て』で彼が見せた不遜な笑みを真似ながら。
手錠を打たれ、両側からがっちり押さえられたまま、乱暴に引きずり立たされる。
そのとき、ひとりの記者がテレビカメラに向かって喚く言葉だけが、ざわめきの中、
不意に、明瞭に耳へ届いた。
「大変なことが起きました。俳優の前田高光さんが暴漢に刺されました。前田さん
は、今日、一日署長として、ここ陣崎署に――」
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