猫玉

 

 夕立の後、二階の出窓を開けていると、駅の方から男が歩いてくるのが見えた。大きな 黒い袋を右手に下げている。男はちょうど私のいる窓の下まで来て立ち止まった。まだ濡 れている地面の上に座り込み、袋の中から得体の知れないものを取り出す。それは丸く、 西瓜ほどの大きさだった。そして、それにはびっしりと毛が生えていた。
 男はその大きな毛玉の一部をつまんでぐいと引っ張った。四度それを繰り返すと、毛玉 から足が四本生えた。男が毛玉の他の部分をつるりと撫でるとそこに猫の顔が現れた。最 後にお尻の部分をちょんちょんと摘むと小さなしっぽがぴんと立った。猫はにゃあと鳴く と、男の周りを歩き始めた。
 毛玉は五個入っていて、最後の奴を猫に変えてしまうと、男はポケットの中から小魚の 干したものを取りだし、猫に投げ与えた。やがて、猫達が満足すると、男は手近にいた猫 の首を右手で捕らえ、左手で猫の足をくるくると丸めるような動きをした。男の手が離れ ると、猫の足がなくなっていた。顔をつるりと撫でると顔が消えて、しっぽをとんとんと 叩くと跡形もなくなり、元の毛玉に戻ってしまった。男はそうして猫を毛玉に戻しては、 丁寧に袋の中に入れていった。最後の一個を詰め込むと男は立ち上がって、再び駅の方へ と引き返し始めた。
 私はなにか割り切れない気持ちのまま見送っていたが、やがて無性にあの猫玉が欲しく なり、慌てて男の後を追った。
 男は私を待っていたかのように、四つ角の電柱に凭れて立っていた。私は弾む呼吸を整 えながら男に頼んだ。
「その袋の中のものをひとつ分けてもらえないか」
 男は黙ったまま私の顔を見た。私がもう一度同じことを言うと、男は小さく首を振った。
「くれてやるのは構わんが、私を追いかけてきたのはそんなことの為ではないだ ろう」
 そう言われてみると何か他に目的があったような気がする。男の目をじっと見る内に、 私は男の意図を了解した。そして、自分が望んでいたこともまた、了解した。
 男は私の手首を軽く掴むと、こねこねと丸め込んでいった。私の両手、両足をそうして 体の中に埋め込んでしまうと、左手で私の顔をつるりと撫でた。世界が暗転し、身体が すっかり丸くなってしまった事だけを感じた。
 男の持つ袋の中、柔らかい猫玉の毛に囲まれ、私は言い知れない安堵感に満たされてい た。

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