そして、見上げている空

 

「プロみたいっすねえ」
 トクが口から泡を飛ばす。バッターボックスに入ったフェルを見て興奮しているのだ。
「あの太い腕。やっぱ、外人は違うわ」
 フェルは右肘を高く上げたまま、微動だにしない。
 そうそう、それでいい、動くなよ。トクの隣で、監督の権堂が呟く。
 フェルは権堂の鉄工所で先月から働いている。権堂はフェルの身体に目を付け、十五連 敗中のゴンドーズの切り札として急遽仕立て上げた。だが、フェルは生まれてこの方、ス トリートファイトとセックス以外のスポーツはしたことがなかった。
「いいか、フェル。お前はこの構えだけ取って、じっとしとけ。絶対、動くな」
 フェルにバッティングフォームを教えながら何度も言いきかせた。格好さえ決まってい れば、フェルのガタイにびびった投手はストライクを投げられない。四球で、確実に出塁 できる。それが権堂の狙いだった。
「ボール」
 ノー・スリー。
「おらおら、ストライク取りに来るぜ。フェルちゃん、うっちまえ」
 トクが興奮してわめく。権堂は、トクのテンプルにナックルをかまして黙らせる。
 ピッチャーが投げる。
 グオアン。
 フェルのバットが空を切った。
「あのっ、馬鹿」
 いつもは無表情な顔に、はにかみを浮かべ、フェルはバックネットの方をちらと見た。
 あっ、フェルのスケが来てやがる。あいつ、女の前でいいとこ見せようとしやがった な。権堂は立ち上がりメガホン越しに叫ぶ。
「おらー、フェル。お前分かってんだろうな、このやろう」
 フェルは、苦虫つぶした顔で頷き返す。
 ピッチャーが投げる。
 フェルは動かない。
 ボールがフェルの頭に当たり、跳ね返った。
 フェルは一瞬固まった後、駆け出した。猛烈な体当たり。ピッチャーは吹っ飛び、マウ ンドを転がり落ちた。
 相手の選手が駆け寄る。権堂達もベンチを飛び出す。
「乱闘じゃあ」トクがバットを振り回しながら走る。「プ、プロみたいじゃああ」
 フェルは強かった。ただ、敵味方の見境がなかった。
 砂煙。
 三十分後、権堂とトクはマウンドに並び、寝そべっていた。
「フェルのやつ、俺と目が合ってるのに、気付かない振りして殴りやがった」
 権堂は、たれてきた鼻血を拭った。
「かっこよかったすねえ、俺達」
 満足げなトク。膨れ上がった唇から吐き出した歯のかけらが、放物線を描いてプレート の上にこつんと落ちた。
「プロみたいじゃないっすか。ねえ」
 そして、見上げてる空。


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