高村 光太郎

空を見ていると

にくにくしい雨雲のもっと上の方に

何かがいる

もし一度でも見たら

この胸がせいせいしてしまうような

安心して寄りかかれるような

そして私まで自由自在な不可思議力を得られるような

貴い、美しい、何かが居る

(「あおい雨」より)


 

 

智恵子は東京に空が無いと言ふ。

ほんとの空がみたいと言ふ。

わたしは驚いて空を見る。

桜若葉のあいだにあるのは、

切っても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地上のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

「あどけない話」より


 

 

透きとおった空気の味を食べてみろ

                          「声」より

 


 

 

もう人間であることをやめた智恵子に

恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場

智恵子飛ぶ

「風に乗る智恵子」より



高村光太郎と空

高村光太郎の詩には空想的なふわふわした空は一切でてきませんが

詩を読むと、その大きさと力強さにうちのめされるような気分になります。

高村光太郎の空は まさに「空」(くう)、つまり「際限のない虚空」であり、

そこは果てしなく清浄で透きとおった空気で満たされています。

同時に不思議な絶対的空間(a次元)へとつながる 無限の世界でもあるのです。

 

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