



グラスの中に雲が。 タイトルは「心の琴線」
ここの道をとおりかかる方はびっくりなさることでしょう。「く、雲が・・・・。」
いかにもフワフワって感じの雲がいいです。
ちいさいころこの絵を見て、なんだか幸せな気分になったことを覚えています。
これ以外の作品もみてわかるとおり、マグリットは青い空と白い雲にかなりこだわっています。
彼の空はどこまでも明るく、静かです。そして空虚さを感じさせます。
芸術新潮で、若桑みどりさんがマグリットの青空のことを、「日常的な明るさを象徴する青空」といっています。
マグリットは普通の暮らしを、せいいっぱいの嘘をついて維持しています。
マグリットは現実がどんなにもろいものか知っていて、その日常の裂け目を
「明るさを象徴する」青空で覆ってしまわなければ、日常のバランスがあっというまにくずれてしまうことを知っていました。
「聖者の記憶」 1960年
マグリットにとって青空は、「僕はこんなふうに普通に暮らしていますよ」というフリをするための
カーテンのようなものなのです。
そして、青空は「日常的な明るさ」を象徴すると同時に、「空虚」さを象徴するものでもあります。
「明るくて空虚」それはマグリットの人生観でもあったとのべられています。
わたしたちがマグリットの空を見たときに感じる共感、それは彼の人生観との無意識の共鳴なのかもしれません。
うーん深いですねえ。
しかしまた遊び心いっぱいのマグリットが感じられるときもあります。
作品を見ていると、青空というかたちのないもので「ものをつくる」空を「積み木にしてみる」ということを、
単純に楽しんでいるようすがつたわってくることもあります。
とりあえずマグリットが相当の「空好き」であることはまちがいないでしょう。
ま、「彼にとって青空はなにを象徴するものだったか」、「何を伝えたかったのか?」
というようなむずかしいことを考える必要は、本当はないのだと思います。
単にそれぞれがマグリットの空をみて感じるままに感じるのがいちばんだと。
ボーっとながめてみたり。
和んだり。