ナサケないので、逃げてたかも(笑)
正体不明では申し訳ないので、ミーハー遍歴を中心に書いてみました。
| 196●年 | 12月22日、川崎大師近くの民家の長女に生まれる。 5歳で横浜に引っ越すまでここですごす。小さい頃の思い出は、大師公園で遊んでいて、通りかかったどこかのお兄さんに金魚を貰ったこと。 |
| 幼稚園の年長組の時に引っ越すんですが、何ヶ月か経って川崎に連れて行かれた時、仲の良かったおともだちと、前のように遊べなかったんです。その時に、(友達って離れちゃダメなんだな〜)と思ったのを、今でも想い出します。なんなんだ〜このガキは(苦笑) | |
| 中三くらい | 宝塚歌劇団に出会う。第一次ベルバラブーム。親戚が大阪にいて、おねだりして夏休みに大劇場まで観に行ったのが自慢だった。ジュンちゃん(汀夏子さん)がオスカル役だったはず。するとアンドレはターコさん?? |
| キラ星のごとく、スターさんがいましたねぇ。鳳 蘭さん(ツレちゃん)、麻実れいさん(ターコさん)は別格的に好きでしたけど、榛名由梨さん(ショウちゃん)、但馬久美さん(リンちゃん)、安奈淳さん(オトミさん)、松あきらさん(マッちゃん)、瀬戸内美八さん(ルミさん)、などなど。娘役では、大原まりさん(女王陛下〜♪/現在琵琶奏者として活躍中)ロザリー役がかわいかった衣通真由美さん(そとおり、と読みます)、ちょっと時代が下がって、娘役で大好きだった遥くららさん(モックさん)に、ひときわ光ってたのは高汐巴さん(ペイさん)。後にトップスターになられて、(やっぱり〜〜♪)と思ったものでした。 この頃最下級生だったのが寿ひずるさんや黒木瞳さん。台詞一言のチョイ役で出演されてました。なつかし〜〜〜 |
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| 中学高校時代 | らしくもなく、市内の女子高に通っていた。(中高一貫教育校)深夜放送ブームで、私はセイ!ヤング派だった。ニューミュージックブームもこの頃。いじめや無視はあったけど、陰湿でなく今から思えば他愛のない時代だった。 |
| ツレさま退団後、ターコさんの舞台中心に観てたけどあまり興味がもてなくなって、というか女性同士のラブシーンがウソっぽく感じるようになって、観るのをやめてしまった頃に深夜放送に出会うんですね。谷村新司さんのいた「アリス」というグループが好きだったので、彼の放送(水曜日だったかしら??)を聞いてるうちに、一緒にDJをしていたばんばひろふみ氏のファンに。で、彼は関東地区の現ラジオ日本の幻の番組「電撃わいどウルトラ放送局」のパーソナリティーだったので、それを聞いてるうちに、手違いで浜田省吾氏の放送日にラジオのスイッチを入れてしまったのが運のツキであったのです。この頃の音楽シーンといったら・・・。あまりに思い出が多すぎて書ききれないわっ!! 高橋忠史というフォークシンガーに出会ったのもこの頃。優しい声と歌に込められた感情の豊かさが大好きでした。5年前くらいにライブハウスで再会したんですが、私が通うのを中断しちゃって・・・。 最初の出会い当時は知る由もなかったんですが、私が知るきっかけになったNHKのちょっとした紹介VTRや、音楽雑誌の記事の写真を撮影した人は、今をときめく浜田省吾の専属カメラマン・内藤順司氏。内藤さんとはひょんなことから知り合いになったのですが、よく話すようになってから高橋忠史さんのことが判明して、お互いビックリしたのでした。高橋氏は今でも全国歩くツアーを地道にやっていらっしゃるので、もう一度出会えたらいいんだけど。 もひとつ忘れられない出会い。岸田智史さんの「セイ!ヤング」で(今思うと、この番組って音楽事務所ヤングジャパンの所属ミュージシャンが多かった) “今度デビューする、同じ事務所の後輩”ということで出演したのが今をときめく佐野元春。「しばらくは横浜中心に活動して、5年後くらいにはでっかくなりますから!」と言ったんだよなぁ・・・。デビュー曲「アンジェリーナ」を聞いた時の衝撃といったら・・・。「今晩誰かのくるまがくるまで/闇にくるまってるだけ」の疾走感と言葉の気持ちよさ・・・。発売日をメモし、当日レコード店に走ったのは言うまでもない・・・。 そして5年後、「SOMEDAY」で爆発的ヒットを飛ばしたのでした・・・。あのイントロ・・・。今でも聴くたびに切なくなってきちゃいます。一方、浜田とはどーしても縁が切れない。(くされ縁?^^;;;) |
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| 専門学校時代 | 大学か専門か迷った末、こうなった。栄養専門学校である。 とりたててトピックはないけど、今の生活の基盤を作ってくれたことに感謝はしてます。 |
| ビンボーは相変わらず。アルバイトはもっぱら学内で、お客さんの接待をしたり、実験を手伝ったりしていました。この頃は、結構まともに友達付き合いをしていて至極普通の学生生活、飲んで遊んでちゃんとおべんきょもして・・・。一番普通だったかも・・・(?) | |
| そして就職 | 病院の厨房へ就職、以来ずっと世話になっている。というか、世話をしている。ただ単に辞める機会を失っているだけかも。ある程度休みが自由になるので、ミーハー追っかけにはもってこいの職場。 |
| 浜田の追っかけは「JBOY TOUR」初日の宮崎から。散々待たされたツアーだったから、待ち切れなくて行ってしまいました。以来、140本を数えるくらい行ってます。とはいえ、ここ2年は小さな会場のライヴが続いてチケットが取れず、中断してます。愛情は変わらない・・・はずなんだけど(ホントか?^^;;;) 2001・秋、大ホールツアーが始まるらしい。嬉しいな♪ しかし、歌舞伎にハマった今はどうなるんだろう。自分でも謎である。 歌舞伎にハマる前は、浜田ツアーの間にライヴ三昧、という私生活。小山卓治、佐野元春、鬼頭径五、ふきのとう、エコーズ、レッドウォリアーズ、シオン、ボ・ガンボス、ハウンドドッグ、スピッツ、エレファントカシマシ、ブランキージェットシティ、イェッツ、シャイ&ムーニー、スマイリー原島の企画ライヴなどなど・・・。他にもありそうだけど、思い出せないや(^^;)ゞ プライベーツというバンドがあったんだけど、彼らからはいろんな海外のブルース・ジャズ関連の面白い音楽を教えてもらいました。彼らの音楽はストーンズに影響を受けていて、私ももともと似たような音楽が好きだったこともありますが。面白いヤツらで、友人ひとりと一緒に何年か追っかけもどき・・・。私自身まだ体力もあったので、夜行バスで姫路まで行っちゃったりして。その後彼らの音楽が違う方へ走ったので聴かなくなりましたが、また以前の路線に戻ってくれたら聞いてみたいバンドです。 歌舞伎は平成7年5月から。スーパー歌舞伎も観に行ったけど、私は古典歌舞伎が好き。 これ以上は歌舞伎コーナーへ・・・・・・ |
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