しろうとの自己紹介2007
1997年あたりから人形とサイトを作っています。
今年はたくさん書きました。
なまえ
しろうと/ひ/hi/・・・あたりが定着してきました。お好きに呼んでください。
人形について。
なんとなくぱっと思いついたイメージを元に作っています。
なにを作りたかったのかは、自分でも出来てからでないとわかりませんが、
なにか感情や意識のようなものを切り取る作業かもしれないなあと思います。
あまり個人的なものによらないように、なにか大きい意味で切り取ってみたいです。
人形はなんとなく上を見ていることが多いです。
未来や将来がもっとよくなるといいねというようなものです。
きっと人形でなくても良いのですが、今のところは人形が一番しっくりくるように思います。
ほかの事とどんどん併せていけたらいいなあと思います。
つくる事について。
えーと 自分が人の作品を見てびっくりして
そして沢山のサイトや本や直接のお話のお世話になって
人まねこざるで作れるようになって来たので、
いつか誰かが何か作り始める機会の一つになったりなどなど、
そんな感じで、この面白さをまわしていけたらいいなあと思います。
意味的にも、あとは、細工的にもいいものをつくれるようになりたいです。
きっちりした手わざって、それだけで力を持つとおもうのです。かっこいい!
昔話
昔は、河原の粘土質の岩盤を砕いて粘土を作って、ひよこをこしらえたりしていました。
粘土は、市販で立派なのがあるので、今は作ろうとは思わないけれど、
岩盤の層から木の葉っぱの化石とか出てきたりして、結構面白いものでした。
今年の追加。
唐突ですが、なんとなく最近思ったことには、人形を作ったりするのは
例えば言葉にしてみればなにか「祈り」のようなもの?もしくはそれを留めたり形にしたり???
何だかうまく言えませんが、そういう部分もあるのかもしれないと思いました。
おひなさまとか五月人形とか土偶とかの印象ですね。
「願い」と「祈り」とは少し違う気がして
願いのときは「もっともっと」と良いものを求める、
良い意味で贅沢な、足し算の気がしますし
祈りというと もっと根本的な、例えば「明日もおなか一杯食べられますように」とか
「屋根の下で安心して寝られますように」とか
「朝出かけた家族が無事に帰ってきますように」とかいうような、
引き算して残った部分、本能的に切実なもののような
よくわからない言い方になってしまいましたが、そんなようなことを
ぼんやりと考えたりしていました。
作っている時って頭が暇なので、いろいろなことを考えるものです。
かといって、足して行くのが人形的で、引き算して残るのが彫刻的とか、
そういうのとはまた別のような気も、似ているような気も、してきたりします。
最後まで引いて引いていったらその最後には何がのこるのか、
そもそも、何か、残りはするのでしょうかか。 そういうのは見てみたい気がします。
もっとたくさんたくさん作ったら、わかったりわからなかったりするのかもしれません。
なんだか読み返したら自分でもよくわからないです。
単にべっぴんさんがそこにいるとなんだか嬉しいよねってくらいだったりもします。
日常のそこらへんにぼうっと座っているような人形です。
でもちゃんと何かを見ているのも作ってみたいと最近思いました。
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