はじめに
〜レパを書きたいと思う人へ〜
僕が拙作『THE ENDが降ってくる』を書いたのが、たしか22才の時でした。劇団あとの祭り(以後AP)に入団してから2本の芝居に参加させてもらった、その次のレパ選に出しました。当時はとても焦っていて、決死の覚悟で書きましたから、出したときはドキドキでした。
何に焦っていたかと言いますと、何とかして「僕=レパ書き」という立場が欲しかったからです。もともと僕は岐大劇研のころ体調不良などで参加していない時期がありまして、同期のメンバーより経験値が足りない状態でした。よって、何かのスタッフに精通しているというわけでもなければ、舞台経験でも同じ代の池戸達におよばず、「ふくとみと言えばこれ」という技を何も持たない状態でした。でも、留年していて時間だけはありましたので、当時の「僕の仕事」といえば、ビラのはさみこみをはじめ「ぼくでない人がやっても、結果に変わりのない仕事」でした。
「こら、いかん。劇研終わってもまだ芝居にこだわってやっているのに、このままでは便利な奴で終わってしまう」というわけで、焦っていた次第であります。
ところがどっこい、装置、証明、効果、衣装、制作と主だったスタッフにはそれぞれ誰かがいて、今更割り込めるような半端な仕事をしているような人たちではなかったし、キャストもまたしかり。そこんとこいくとレパの採用回数は浅野さん1、中島さん1、長久さん1という横一線状態だったので、「今からでもなんとかなるかな?」と思ったわけです。
その後『THE END〜』が採用という運びとなりまして、やれめでたいということでしたが、その直後に中島さんが『ラーメン屋一代繁盛記』を発表。くやしいことにこれが燃えるレパだったり。以降5回のレパ選に僕は皆勤賞で新作レパを出し続けました(しかも完成版を!)が、なにかと中島さんがブロックしてくれて、とりあえずの目標だった「AP初の2回連続作者」を達成するまで、3年もかかりました。が、おかげで「なにくそ」とがんばることができました。
前置きが長くなりましたが、こんなわけで、競争意識でレパを書いていたので、レパを書くときのコツ(というほどえらそうな物でもないですが)は絶対に人には言わずにしてきたわけですが、APが「なんでもやります」をカラーにしている以上、自分だけにとどめておくのはちょいと了見が狭いし、自分自身レパの書き方を見直すことにもつながると思い、こんな物を書こうと思った次第です。レパを書く気のない人も「ああ、こいつはこんなことを考えてレパを書いていたんだなぁ」と思っていただければ幸いです。乱文はお許し下さい。
<注釈>
あとの祭りでは、「レパ選」と言って、次の公演でやる台本を、公演に参加する劇団員全員で話し合って決めるという会があります。ここで選ばれなかった台本は、先送りになるか、場合によってはお蔵入りになってしまうこともあってなかなかキツイです。それだけにやりがいもありますけど。