2001年 DIARY

 

4月12日

先月独立して、家を離れた娘の部屋で「マザーテレサ」の本を見つけた。 辞書を引きながら4〜5日かけて読んだ。 実際の活動を読んでいくと、やはりすごい人だったんだと再認識。 ノーベル平和賞を受賞するに値する人。 心から人を愛し、誰にでもその愛を公平に惜しみなく。ちょっと真似の出来ることではないけれど、たくさんの人が彼女について心から貧しい人、病気の人、孤独な人、孤児などに手を差し伸べている。 その活動を世界に広めた人たち。 世の中にはすごい人がたくさんいるんだなと、久しく尊敬できる人に出会った気分。                     

 

 

4月6日

友達と大覚寺の大沢の池にお花見に。池の周りには、こんなにたくさん桜があったののかと思うほど。ぽかぽかとした日差しに池の亀のごとく甲羅干しもしてきました。池には鯉、鴨、鷺、亀などが。ここの池は、電線や車、建物など全く見えないので普段の生活とはかなり違うところにいる気分です。撮影などにもよく使われるらしいです。行き帰りの道も桜、桜。桜の花はどうしてこんなに人の心をうきうきさせるのでしょうかね。天気もよく、本当にいいお花見でした。                      

 

3月7日

幼稚園の入試だそうです。3〜4歳児にできる問題?!とか。挑戦してみませんか。我が家では大人4人でやっとできました。

                     

 

 

 

2月22日

今日の午後、落とし主からお礼の電話がはいった。昨日はジャスコの休館日。声からすると私より少し年配かなという感じだった。落し主が出てきて何よりでした。警察に回る前に問い合わせたみたいです。                     

 

2月21日

きのうジャスコ内で銀行の封筒が床に落ちているのを見つけた。新しくてお金が入って いるように見えたので拾ってサービスカウンターに届けた。名前と住所電話を書くように 言われ書いたが中身の確認もなく、落とし主が出てきたら連絡をするかも、ぐらいの説明だ けで帰った。 家に帰ってから落とし主が出てくればいいけど出てこなかったらどうするんだろう?。 ジャスコがもらっとくのかな?いくら入っていたのかな?感触では4〜5枚あったように 思ったけど。娘に話すとなんで交番にもっていかへんかったん。夫に話すと、中身だけは 確認しておかないと落とし主がいくらいくら入っていたはずだといったら、悪くすれば 拾った私が抜き取ったと思われる可能性もあるから、といわれもう一度、サービスカウン ターに出向いた。先程とは違う担当者がいて、どこかに連絡をしてその封筒を持ってき てもらい、そして中身を見せてくれた。今日一日待って出てこなければ警察に持ってい くと。 ちょっと安心したような、また警察からいろいろ聞かれるだろうし、めんどくさいような。 でもうやむやにならないことだけはわかってよかったかな。 でもどうして、落とした人も問い合わせたりしないんだろう。私のように正直な(?!)人間もいるのに。                     

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2月17日

お雛様を出した。 もう25回目のひな祭り。どうしても孫に買ってやりたかったおじいさん が3日間、2月の雪の中を競○に通って買ったという、あまり大きな声では言いにくいけれど も、ユニークなストーリーをもつお雛様。 1、2度出さなかったことはあるが、最近は娘も見ないけどきちんと出している。 今年はこのページから娘達に見せられるかな。見てくれるかな。

                       

 

2月17日のこぼれ話

お雛様を出していて箱の底から見つけたふる〜い新聞。 茶色くなった新聞を見てみる と、求人欄のホステスさん募集がたくさんあり、そのキャバレーの名前がハワイとつく ものがいくつもある。ハワイへの憧れがまだ多かった時代なのかな。 経理の仕事も 「字のきれいな方、珠算3級以上」とやはり時代を感じるものばかり。 他にも「赤潮の一因は合成洗剤」という実験結果が出たと言う記事。 おもしろいものに「はぎ取り強盗参上」アメリカ、ニューヨーク州で男女15人ずつが 仲間の自宅でトランプに夢中になっている時、覆面の三人組強盗、ピストルを突きつけ、 身ぐるみ脱げ、とすごんだとか。 ヌードになった人たちから指輪、時計などの宝石類をのこらず持ち去った。 三人が消えた後、犠牲者達は、服を持ってきてと電話口に殺到。 昭和51年9月の新聞。まだ携帯も普及してなかったみたいだ。 私の子供もまだ1人しか いなかったときの話、古いはずだ。                     

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1月28日

 ボランティアに参加、登録のパンフレットを見ると、通訳、翻訳のコーナーがあり、英検2級か、それに準ずる程度の能力があればとある。何をするにも英検などの資格が必要のようだ。一度も英検は受けたことがないので2級程度のレベルがどの程度なのかわからないので、勉強をかねて問題集を少しやってみた。普段の会話では(私が)ほとんど使わないような難しい単語がいっぱい。とりあえずその意味を調べるだけでも随分時間がかかった。こんなに難しくかんがえていなかった私はだんだん自身喪失。あいた時間を何かに役立てられればいいと軽く考えていたけれど、甘すぎたかも。一応名前だけは登録したので来月の説明を聞きに行き、その後面接があるようなのでそれをうければ自分の程度がわかるだろうから。決して自信を持って、登録に行ったわけではないけれど、半端なことでは相手に対して失礼かもと反省。とにかく自分のためにも2週間ほど英会話クラスが休みなので勉強してみて、それから考えよう。                      

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1月13日

 年末,年始は忙しく過ごし、最近、やっと普段のペースに戻ってきました。          思い出したのは大晦日の大文字に火がついたこと。                        長女が9時半ごろ京都駅に着くというので駅ビルの屋上から見ようと、服をしっかり  着込み皆で行ったら、なにやらカウントダウンのイベントがあるからとあがらせてく  れなかった。そのイベントはたしか屋上ではなく、途中にあるステージだったと思う  けど、京都にあんなに大きなものを建てたのにこの世紀の大イベントに使わないでど  うするんだと、ぶつぶつ言いながら結局、伊勢丹の10階のゲームコーナーに一箇所だ  けガラスになっているところを発見。  後ろのうるささにめげずに約30分間見ていた。  京都はケチだなと思いながらも、めったにない年末の大文字を見た。  その後、長女と出会い家に帰って我が家でにしんそばを食べた。

 そして、昨日はベビーシッターの再開。  最初はぐずっていた男の子も5分ほどで泣き  止みあとは楽しく(私が?!)遊んだ。  ウルトラマン、恐竜、トイストーリーのバズとウッディを持って、子供と同じ精神年齢に  なっていたみたいだ。  最近はいいおもちゃがあるんだなと、それだけでも私には楽しめる材料。  下の女の子はしばらく会わない間に歩き始めていた。  子供の成長の速さは、自分の子供の時にはあまり気がつかなかったように思えるが、  時々しか会わないと驚くことが多い。  ちょっと疲れたけれど遊んでもらったような気もするベビーシッターだった。

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1月4日

 午後1時55分出発。時間差1時間。約3時間で台湾に到着。  初日は日本語を話せるのはホテルのフロントぐらいで、英語も話せない人が多く、空港  からホテルまでの道も混んでいて、30年ほど前の日本を思い出させるようなところを見  て、えらいところに来てしまったと思ったのは正直な感想。  でもいろんなところへ行き、いろんな人に出会い、冒険もし、この安いツアーにしてよか  ったと思えるよい旅でした。

 希望者のみ参加の台湾一日観光の昼食だけがついていた食事。あとは自分で。   私たちは朝食をつけてもらった(3900円/2回/1人)が、ホテルで自分で食べれば同じ  食事が390元で食べられた。  3日目のオプションツアーも申し込んでいたので、その日の昼食もついていて、私たち  は夜食のみ自分達で食べに行くことに。それが結構いい経験だった。

 2日目,3日目のツアーのガイドさんは台湾一大きな東南旅行社から。  日本語はうまくて、とても親切だった。やはり言葉のわからない国では日本語での説明  がないと全くわからない世界。してはいけないことなどもしてしまう可能性もあり、こ  れらのツアーに参加してよかったなと思えるものだった。

 ホテルの食事、夜の街でのラーメンや餃子など驚くほど安いもの、有名なレストランで  の食事と自分たちの好きなものもたべられ満足できる旅行だった。

 今、旅行記を作っています。

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