台湾

2001.1.4.〜1.7.

台北に3泊4日

第一日目  午後便にて台湾に到着。

 ホテルにチェックイン

時差1時間、通貨 元(2001.1現在約3.7円/1元)

第二日目  台北市内観光⇒

          忠烈祠故宮博物院

          龍山寺中正紀念堂

   

   

第三日目  淡水河半日観光⇒

          関渡媽祖宮紅毛城

   

第四日目  午前便にて帰国 京都につくと雪が積もりそうな勢いで降っていました。

 

     下の項目ををクリック        景豪大酒店(リバービューホテル)泊

到着

西門街散策

ホテルの夜

忠烈祠

 

飲茶

龍山寺

中正紀念堂

夜の街へ

関渡媽祖宮

淡水河周辺散策

紅毛城

昼食

新生公園

鼎泰豊

空港にて

 

最低気温17度、最高21度ぐらいの温度差の少ない暖かい台湾。 日本人はよく沖縄より南だからと半そでを持ってくるとガイドさんが話していたが、 寒くはなかったが半そでの必要もないように思えた。 2月はもっと寒く8度ぐらいまで下がるから台湾でもコートは必要だと言っていた。 日本円でお金を払うときは自分でしっかり計算してから払うべきだとも思った。 適当に計算しているのかなと思うことが何度かあった。

台湾元  (壱佰圓)

 

空港からホテルへ

 約3時間のフライトで台湾(中正)国際空港に到着。入国審査を終え出でくるとJTBの札  をもった女性を発見。名前を確認してもらい他の人が全部集まったのでバスで各ホテ  ルへ。バスの中で注意事項を聞き、(水は飲まない方がよい。チップは部屋に置くぐら  いで他はいらない。パスポート、貴重品はホテルのセーフティボックスに預けるかスー  ツケースに入れ鍵をかけ、できるだけ持ち歩かない等)オプションツアーの代金を払う。  (OPに参加するのは私たちだけだった。淡水半日観光=11,500円/2人)。      夕方は交通が込み合っているらしく、約1時間かけて最初にとまったのが私たちの泊  まるホテル。何人かが下車、各部屋に入る。  そろそろ6時。夕食をどうするか考えたが、よくわからないのでとにかくホテルでバイ  キングディナーを(5200元/1人)。                                  ディナー600元と書いてあったのでそれを食べたかったが、入るところを間違ったの  か「バイキング」と聞かれ「ノー」と。  するとメニューを持ってきたので違うなと思いバイキングでもいいやとそれにした。  1時間程で食べ終え部屋に戻った。その時入ってきた中国人らしきグループは10  時ごろまで食べていた。食事はゆっくりと楽しむようだ。

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夜の街を散歩

 少し疲れていたが思い切って「西門町」へ出かけた。地図で見るとすぐ近く。  ホテルの周りは暗くて少し怖かったけど10分ほど行くとにぎやかにところに。台湾の銀  座とも原宿とも言われている場所。若い人が多く私たちには少し場違いな気も。あちこ  ち歩き回り、疲れてきたのでそろそろ帰ろうと思ったけど道がわからなくなった。  どこを見ても同じに見える。夫の勘をたよりに歩いてきたけどわからないので、タクシー  に乗ってホテルの名刺 (持っていくとタクシーに乗ったとき見せるだけでよいと、ガイド  さんのアドバイス) を見せようかと話していたけれど、もしすぐそこだったら、わからな  いと思って違うところをまわられても嫌だなとその辺で聞くことに。日本料理のレストラ  ンがあったが忙しそうで入りにくい雰囲気だったのですぐ近くのホテルへ。  私たちのホテルのフロントの人たちは皆日本語が話せたから、ホテルなら大丈夫かな  と思い入っていった。するとそこは日本語はダメ。でも英語はOKだった。  聞くと予想通りすぐそこだった。10分もかからずに無事ホテルに戻れた。

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夜中にキャー

 お風呂に入りテレビを見た。明日の朝の目覚ましをセットし眠りについたころ、隣の部  屋とその隣の部屋に泊まっていた小学生らしい子供たち6,7人がキャー、キャーと騒  ぎ出し、部屋から部屋へと廊下を走り回っている。電話のベルは鳴りつづけるし、笛を  吹く子までいる。しばらくは我慢していたが一向におさまる気配がないのでしかたなく  フロントに電話。しばらくすると誰かがしかりに来て静かになったが、1時間もすると  また始まった。再度フロントへ電話。今度は寝たようだ。修学旅行なのか子供たちだけ  で泊まっていた。このかいにはその2部屋だけだったが他の階にもいたのかも。  後日聞いたのはグランドホテルでも大人が夜中に歌を歌って騒いでいたとか。  部屋の中だけにどうにもならなかったと。これは個人のモラルの問題でホテルのランク  には関係がないようだ。最初はもう少しホテルのグレードの高いコースを選ぶべきだっ  たかと思ったがそうでもないようだ。

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忠烈祠

 朝の8時半にホテルにガイドさんが皆 (17人) を迎えに。バスにのり次のホテルでも17  人、まず忠烈祠に向け出発。9時に衛兵の交代の儀式が見られる。9時5分に到着始  まりかけていた交代式を小雨の中で見学。たくさんの人であまりよく見えなかったが、  銃剣をもっていた。見物の人が少ないと簡単に済ませるらしく朝の9時が絶対に見ら  れるチャンス。毎正時に交代。その間絶対に動かないそうだ。夏の暑い日、汗が目に  入り痛くて涙を流している衛兵もいるそうで、夏の暑い日はあまり見ていてきれいで  はないと言っていた。  台湾は徴兵制度があり、この衛兵は大体21歳、身長は170cm前後、やせすぎず、  太りすぎてない人が。私には1時間の拷問のように思えたがもしかすると憧れのポジ  ションなのかも。  入り口といい奥の建物といい細かい細工が。時間がないのですぐに集合、バスに乗っ  て次の故宮博物院へ向かう。

    

          忠烈祠の門                 衛兵交代式

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故宮博物院

 入り口で写真を撮ったあとはカメラを完全にバッグに入れ、見えないようにしないと預  けてくるように注意され時間をとるので、みんなカメラを隠す。  約2時間で1階から3階まで説明する。ゆっくり見ていたら3日ほどかかるらしい。    私たちのガイドさんは60歳過ぎの男性。よく覚えているなと思うぐらい次から次へと  説明していく。かなりのスピード。油断していると迷子になりそうだった。  噂通り、どうして作ったのだろうと思うものがたくさんあり、中国人のすごさを感じた。  1本の象牙から作ったもの、親子3代で仕上げたもの等。たしかチベット仏教のコーナ  ーだったと思うが人骨を彫って作ったもの。これは生前から位の高い人でなければこの  ようなものはつくってもらえないらしい。  有名なヒスイの白菜や、色が本物そっくりな石でできた豚の角煮など60万点所蔵して  いるとか。ちょっきり2時間で見終わり次はお昼ご飯へ。

故宮博物院の入り口

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飲茶

 熱いお茶といっしょに残り物などを温めなおし朝食とも、昼食ともいえるような時間に楽  しみながら食べるものを飲茶というらしい。私たちはサントスホテルにて、数種類のシュ  ウマイ、スープなどがまず運ばれチャーハン、野菜の炒めたもの、ごま団子、フルーツ  など足りなければいくらでも出てくるそうだ。  ビールを頼むのは個人の負担でお金を払って注文。台湾ビールとキリンの一番搾りの  2種類。飲んだ人の話では台湾ビールの方がおいしくて安いとか。私たちは残念なが  ら飲めない二人。特に昼間はあとが大変なのでお茶だけで。そんなに食べてないよう  な気もしたけどお腹いっぱいになり終了。次なるコースへ出発。  台湾は車が多く、わずかな間でも停まっていることは許されないので私たちが降りる  とバスはどこかへ。ガイドさんがおりているときでも警察がくればその回りを一周す  ることもあるらしい。だからバスが動いても心配しないようにと。そのせいかホテル  の入り口では歩道の上にまで車が入ってくるので気をつけていないと危ない。

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龍山寺

 建物すべての場所に彫刻がなされている。台湾ではあまり正面から入らないそうで私た  ちも横の入り口から。台湾人はとても信心深くお供えものをもってやってくるのだが、  そなえたものは持ち帰るらしく袋から出さずに口だけあけ、中が見えるように台の上に  おき、お参りがすむと持っていく。  お寺だけれど神様がまつられ、またいろんな神様が一つのお寺に。学問、商売繁盛な  ど、一つのところにいろんな神様があるとたくさんの人が来てにぎわうというのも考慮に  はいっているらしい。壁にはたくさんの豆電球がイルミネーションのように並べられてい  る。それは台湾ではその年の干支にあたる人がみんな厄年。厄払にそのライトをともし  てもらうらしい。お寺の収入源でもありそれで潤うので拝観料などは取っていない。お寺  により値段がちがう。確か1年間800元からと聞いたように思う。

   

   龍山寺 この裏にもまた同じような建物がある           

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中正紀念堂

 今日の最後の観光コースである中正紀念堂。ここも正面からでは中に入るのに200  メートルほどあるので横の門から。まず蒋介石の乗っていたという車。キャデラック。  防弾が施され車だけでも3トン以上ある。1階から2階へはエレベーターで。エレベ  ーターのドアが開くと中から1時間を終え交代した衛兵2人が降りてきた。やはり無  表情でカチャカチャと音を立てながら歩く。正面から写真をとりたかったがちょっと  怖くてやめた。二階からは中央の広場のようなところを通るらしいが雨が強く降り出  しまたエレベーターで戻ることに。待っていたがなかなか来ないので何人かが階段で  降り始めた。結局2階だからと全員階段で。下りはじめるとほんとにこれ2階かとい  うほどたくさん降りた。多分4階分くらいはあったと思う。これでコースは終了。  あとは旅行社お決まりのデューティーフリーのお店へ連れて行き買い物タイム。  約一時間。私は切手が20元分はいった台湾の写真入台紙をお土産に何枚か買ったが  何も他にほしいものがないのでレシートでお茶のサービスを受けウーロン茶を飲ん  で皆が終わるのを待っていた。

  

この手前に音楽ホールと劇場がある。    蒋介石が乗っていた車(3t以上ある) 

                   通路で将棋をする男性

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龍山寺付近から西門町を再び

 夕食のために町へと出かけた。昨日歩いたときいろんな店があったので是非食べて  みたいと思い、表から中がよく見え、若い女性でも気軽に入っている店を探す。  まず最初に麺を食べた。担仔麺とミンチボールのようなものがはいった麺を注文。  1つ40元。作っている方を見ると店の若い男性が青菜を見せ、これを入れるかと  聞いているように思えたので、少しだけと指で示した。  しばらくするとラーメンと味をつけ調理した青菜が別の皿にもられて出てきた。  もし何か他の物を注文してしまっていても、ほとんどのメニューが50元止まりなの  で安心だった。その青菜、そのままたべるのかラーメンにのせて食べるのかわから  なかったがどちらの食べ方もおいしかった。  ラーメンの汁は色がなくお湯に浸してあるだけに見えたが食べると塩味で、しかも  油っぽくなくおいしかった。どうしてあの油っぽさを消しているのか不思議だった。  そのあとまた町の中をうろうろ。今度は餃子を売っていた。1個単位で売っている  から4個とスープを頼んだ。それも全部で45元。もっといろいろ食べたかったが、  お腹がいっぱいになったのと、売っているものの食べ方、買い方がわからず、また  それが何なのかもわからず結局歩いただけ。  店は朝の5時ごろまであいているところが多く、どうしてもお腹がすけばまたでて来れ  るからとあとは何も食べなかった。結局この日の夕食は170元ほど。日本円にして約  600円で二人食べられた。もうすでに9時ごろなのに、台湾の人は夜に活動するのか  医院などもまだ診療していたし、美容院もやっていた。散髪屋さんのマークである、く  るくるまわるサインのある店は暗く中が見えないところが多かった。以前、夫が上海に  行ったとき、散髪屋さんから女性が出てきて、歩いている男性を連れて入ったかと思う  と怖い男性に取り囲まれお金を全部とられ、パスポートだけは許されたらしいが、無一  文になって表にほりだされた友達を知っているだけに用心していた。それでも私が横に  いるのに夫に近寄ってくる女の人もいたが無視して歩いた。少し暗いところは特に要注  意だった。  そろそろホテルへと歩いたが再び道がわからなくなり、今度はキリスト教の教会があっ  たのでそこへ飛び込みで聞くことに。中では小さな子供がバイオリンの練習をしていた。  受付のところにいた男性は日本語が話せたので地図をみせてこのホテルへ帰りたいと  いうと、一生懸命道を教えてくれた。もうわかったよと言いたくなるほど何回も言い、  お礼を言ってもまた自分の地図を出し、紙に通りの名前を書き、最後にはキリスト教の  パンフレットまで出して、私は王廣吉ですと自分の名前まで書き込んで渡してくれた。  やっとお礼を言い外へ出ると後ろから追いかけてきて、こっちの道ですよと親切に教え  てくれた。そういえばホテルを出るときも、フロントで聞くと同じように5,6回繰り返  し、表までついてきて、こっちからですよと言ってくれたなと。台湾の人は一度では覚え  られないのか、親切なのかとにかく間違わずに行けた。ホテルに戻りお風呂に入り11頃  に眠ってしまった。うるさくて目がさめたのは1時ごろ。また隣の子供たちだ。  フロントに電話を。やっと静かになった。疲れていたのか二人ともすぐに眠れた。

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関渡媽祖宮

 申し込んであったオプショナルツアー、淡水半日観光。8時40分にガイドさんがホテル  に迎えに来てくれた。今日はワゴン車。聞くと4人だけでの観光らしい。あとの2人はグ  ランドホテルに泊まっている人なのでそこまで迎えに。この日のガイドさんは若い女性。  10年ほど前に日本語は全くわからないまま、漢字の国だからと軽い気持ちで日本にき  たけど、ひらかなとカタカナ、特に外来語になかされたらしい。とにかく部屋にとじこ  もって勉強したらしい。  あとの2人は東京から来ていた親娘、75歳のお母さんへの親孝行とか。  まずは関渡媽祖宮へ。昨日の龍山寺同様屋根の上まで、手の込んだ飾りがしてあっ  た。お供えものと一緒にそこで売っている紙の束を買いその紙だけはお寺のどこか  において帰るのだそうだ。それは死んだときのお金になるらしい。  お賽銭は神様に供えるのだからとお札を入れるのが普通で、コインは神様に対して  失礼になるらしい。  長いお線香を持ちながら、たくさんある神様を順番に拝んでまわるのだそうだ。  私たちはお線香は持たなかったが一回りした。途中千手観音のところで外を見ると、  淡水河の先に海がみえるところがあるのでそこで写真をとり、次へ。  そのお寺に置いてあった狛犬のような獅子も、壁の龍もみんな一刀彫りだそうで、固  い石を小さな隙間から中の方まで彫ってあるのを見て何年かかったのだろうとため息  の出るようなものがたくさんあった。

    

ここは入り口。奥へと続く。            石の一刀彫り   

淡水河、向こうが海

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グランドホテル、大きすぎて入りません。

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淡水河付近を散策

 時間があるので淡水河のほとりを散歩。売っていた黒いうずらたまご。  台湾人は卵はしょうゆで炊くのが普通らしいが、ある時それを作っていた女性が昼寝を  してしまい(昼寝は小・中・高校では1時間半ぐらいはあたりまえにとっているらしい)   煮すぎたものが黒く硬くなったことから「鉄の卵」と有名になったとガイドさんが話してくれ  た。そして私たちに味見をしないかと店の人に言って4人に少しずつ買って食べさせてく  れたり、魚のすり身のスープも2人で1杯ずつ買ってくれ味見をさせてくれた。  ほんとはもっといろんなものも食べたかったが11時を過ぎていて昼食はご馳走だとい  うことで断念。  また手作りのような台が並べられたスーパーボールゲームや風船をピストルで割り、割  れた数で景品をもらうゲームなど、私の子供のころの縁日のようなところでもあった。  ソフトクリームはコーンより上が25センチぐらいありそうなぐらい長いものだが自分  でストップと言えば好きな長さで止めてもらえたり、道路わきで女性が小さなテーブル  に座り、春巻きを巻いていたりなど見るだけでも十分楽しめた。  河の向こう側へわたるにはバイクごと乗せられる地元の人の大切な足である船も見  られた。このあたりは商売が繁盛してほとんどのところが店や家を建て直し、昔の  面影はなくなりつつあるらしい。

道路端で春巻きを巻いている女性

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紅毛城

 元々はスペイン人が建て、その後オランダ人が所有。オランダ人の髪の色からこの名  がついたとか。壁も城から今の色にぬりかえられたらしい。  昔はここに犯罪者を拘留させていたみたいで、独房、また囚人たちの運動場(かなり小  さい)、炊事場、風呂などが残っている。  向かい側の建物は元イギリスの大使館に使われていたもの。中の家具などはイギリス  人が持ち去ってしまったが、あったものを真似て作られ以前の様子を再現してあった。  ベッドルーム、ダイニング、キッチン、兵隊の部屋など。2階でも床がタイルやコン  クリートのままでその上にカーペットをしいていた。寒さをしのぐための暖炉が各部  屋に作られていた。バルコニーには出られないように網戸が打ちつけてあり外に出ら  れなくて残念だった。

元イギリス大使館

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昼食

 そして昼食。クラブということだが、ツアー客のためだけで一般客はいなかった。  高級レストランのような静かで、きれいなところへ連れて行ってもらった。  メニューも各旅行社により多少ちがうとか。私たち4人は1つのテーブルで10品の料  理が出てきた。                                                      《前菜(チキンといか)・かぼちゃのスープ・チャーハン・ピータンと青菜のとろみあんか  け・えびと貝柱のすり身ののった厚揚げ豆腐・春巻き(ねぎ入り)・中華風クレープ・おこ  わをつめた中華まんのようなもの・タピオカのココナッツミルク・一つ思い出せない》

 お昼からごちそうだった。このあとは車で繁華街に行きそこで解散。  きのうも今日もガイドさんがとても親切な人たちだった。この人たちに出会ったことも旅  のいい思い出になった。この人たちは、旅行に行ったときこちらから指名してついても  らうことも可能なのだそうだ。

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新生公園

 解散後、中山北路を歩いた。台湾ではほとんどの道路が店の前は屋根があり、その  外側にもう一つ歩道がある。メインストリートなどはその屋根のある歩道はきれいに整  備されているが、少し外れると各店が作るのか、店と店との間に段差がある。5センチ  くらいから2段ほどの階段になっているものまで。下を見て歩かないとつまずいたり、  転んだりしそうだった。ベビーカーや車椅子などは絶対に通れないが、ベビーカーも自  転車さえも見かけなかった。一度だけ自転車に乗っている人を見つけたガイドさんが珍  しそうに自転車だと言っていたから、中国とはちがいバイクが主で自転車には乗らない  みたいだ。  道路のコーナーにベンチがあったので少し休んでいると、中年の男性がいつのまにか  横に座り、「友達待ってるの? ブランドのコピーいらない? 1000円であるよ」と話  し掛けてきたので急いで歩き出した。街角のベンチで取引するのだろうか。  そのまま北へ一時間ほど歩いた。途中、パンを売っていた店に喫茶部もあったので  コーヒーを飲もうと入った。全部漢字で書いてあったが「美的珈琲」とあるのを見て  「アメリカン」というとわかってくれたが、めったに珈琲を飲みに入る人がいないの  かコーヒーメーカーの電源からいれていた。しばらくしてコーヒーができるとカップ  に入れて持ってきたがソーサーはついてなかった。そして2階へあがってプラスチック  のボトルに入った砂糖とミルクを持ってきて置いてくれた。スプーンがない。  「スプーン」といいながら手で回すと、全く違うデザインのスプーンが2本出てきた。  でもコーヒーはおいしかった。トイレがあったので入ると、入り口の手洗所の方のド  アに鍵がついていたからよかったが、トイレと手洗いの間のドアがない!!。何か落着  かなかった。トイレは和式が多く、大きな場所では洋式だった。      ずいぶん歩いて疲れてきたところで花がいっぱい咲いている公園が見えたのでそこで  休憩。20度前後の気温は暑くなく寒くなく心地よかった。  地図を見ると松山空港のすぐ近く。飛行機が5分おき位に飛んでくる。着陸寸前の飛  行機で肉眼で機体に書いてある文字まで読めるほど低いところを飛んでいる。何機か  プロペラ機も飛んでいた。  しばらく休憩して今度は南に向かって歩き出した。この日は「大安吉日」ということ  で結婚式が多かった。ここへくるまでに道路でウエディングドレスの宣伝用の撮影も  していたが、本物の花嫁さんに遭遇。日本のようにいたれり、つくせりではなく、花  嫁さん自身が車のトランクから何かを出していたのか、入れていたのか、近くに花婿  の姿も見えず、車にリボンが飾ってあるのと、ウエディングドレスを着ていたので結  婚式だとわかった。カメラを見せて指でOKと聞くと車の横に立ち、笑って応じてくれ  た。   帰りに葬式にも出会った。道路の真中にドラが置いてあり、お店のオープンかと思え  るほど派手に花を飾り、湿っぽい雰囲気ではなかった。台湾はお葬式の方が結婚式よ  りにぎやかに行うのだとガイドさんが言っていたがそのようだった。  ツアーの途中でも霊柩車を見たが(ガイドさんがおしえてくれた)トラックに派手な  ホロをかけ、何台も連ねて走っていく。台湾は一人ずつ土葬にされるそうで家族で  も同じ墓には入らないそうだ。     時計をみるともう5時過ぎ。タクシーで行くことにした。

    

             新生公園              肉眼で文字まで見えるプロペラ機

   

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   花嫁さん                結婚式の車はこんな飾りが

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鼎泰豊

 タクシーの運転手に「鼎泰豊」(ていたいほう)と言ってもわからなかったので、昼間、  ガイドさんが店の名前、住所、電話番号、おいしいといわれているお勧めのメニューを  いくつか紙に書いて渡してくれたので、その紙を見せるとタクシーは走り出した。メー  ターも70元からなのであとで計算しなおす必要もない。通っている道を地図で追いなが  ら乗っていた。10分ほどで店の前に到着。                ガイドさんが言っていた通り、土曜日は4〜50分待ち。とにかく予約をすると注文表を  くれたので先に頼むものを決めた。お目当ての「小籠包」を2人いるので2と書いた。  後は「酸辣湯」というスープ「豆苗」という野菜炒めは探したけれどメニューになかっ  たので諦めた。「菜飯」もなく、ラーメン1つと「八寶飯」というのを頼んで待つこと  に。待っている間に隣の本屋に入ってみると、「鼎泰豊式経営法」という本が売ってあ  った。かなり有名なだけあって台湾では大成功例とされているようだ。(東京だったか  横浜だったか忘れたけれど、高島屋にこの鼎泰豊の店がオープンしたらしい。)     日本の雑誌も売っていたが約200〜300元と高く、スマップ、キンキキッズなどのものが  多かった。  本屋の隣にパンとケーキの店があり、そこものぞいてみた。パンは調理パンが1つ25〜  28元と安かった。  また鼎泰豊の前に戻って待っているとき「小籠包」2つ頼んだけれど1つにどれだけは  いっているのだろうと心配になってきた。びっくりするほどの量だったらどうしよう。  そして私たちの順番がきた。3階に上がりテーブルに。「小籠包」が運ばれてきた。  20センチほどの蒸篭に8個ぐらい入っていた。これならなんとか食べられるかな。  しょうゆと酢と刻みしょうがをつけて食べる。やはり油っこくなくさっぱりしていておいし  かった。ラーメンも日本のように大きくなくこれもさっぱり味で。スープは結構たくさん  あったので少し残してしまった。  最後に「八寶飯」。夫の注文だがイメージしたのは中華どんぶり。大好きなものなの  でぜひ本場でと思ったらしい。出てくるとお皿におわんをふせたようにもち米の蒸し  たもの(白いおこわ)の上に赤や緑の宝石をちりばめたように何かが一緒に蒸されてい  る。食べてみるとなかからあんが。食感としてはおはぎ。でも中華のあとにこの甘い  ものが妙に合い、あまり甘いものをたべない私もおいしくたべられた。お腹もいっぱ  いになりお金を払って出た。ちなみに640元(約2500円)どれもが一品80元ぐらいから  180元ほどだった。満足した私たちはタクシーでホテルへ。名刺を見せ無事到着。

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空港にて

 朝の6時にお迎えのバスがくる。昨夜は隣室の子供たちも帰り静かに眠れた。  下へ降りていくと昨日のガイドさんがきていた。このあと何軒かのホテルを回りお客さん  を乗せ空港へ。7時ごろに着き手続きもガイドさんが手伝って、皆が無事出国手続きが  済むのを見届けて帰っていった。  出発まで約2時間。朝食を食べようとコーヒーコーナーを見つけた。  私たちは中国のお金は120元ほど残しただけできれいに使った。空港なら心配なく日本  円でいけるだろうと記念にそのお金は持ち帰ろうとバッグの中へ。帰り際にガイドさん  が残っているお金があれば日本円に交換しますからといってくれたけど、私たちには必  要なかった。(日本では交換できない)                       そしてサンドイッチを1つ(120元)コーヒー(100元)を2つ、合計320元を日本円で払いた  いと英語で話すと、計算してくれたが2000円。えっ、というともう一度電卓で。  今度は2300円。私はそんなの信じられないと言い結局注文を止めた。何を買っても  これではダメかなと1000円だけまた中国元に両替。273元だった。それをもって他の  店でパンとお茶を買いその辺で食べた。  台湾に滞在しているときにも一度買ったお茶が甘くて飲めなかったが、ここのお茶も  やはり甘かった。ウーロン茶に砂糖が入っている。  しばらくして飛行機にのれば機内食がでるのでそれまでの我慢とパンだけたべた。

 

安い旅行は自分でやらなければならないことがたくさんありますが、

その分いろんな経験もできるので私はいたれり、つくせりの

豪華旅行よりすきなんです。

楽しい旅でした。

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