1999年12月末で解散してしまったT−BOLAN。
私には、解散してもまだまだ思い入れのたくさんある
そして思い出がいっぱい残っているバンドです。
その彼らのことをいろいろ思い出しながら…
そして新しい情報が入ったらその都度書き込んでいこうと思っています。
よろしくね〜♪

5th TOUR −LOOZ− 初日でのできごと…
このツアーについては、なぜか初日からの参加になった。
初日、宮崎。
12月だというのに南国九州だからか、とても暖かくて体調を崩した私。
LIVE前には頭痛薬を飲んでの参加となった。
場内アナウンスが流れ、客電が落ちて場内が暗くなり私たちは立ち上がった。その時、どこからか始まったこのコールに気がついた。
「嵐士、あらし、あ・ら・し…」
まるでホール全体がそう呼びかけているような、そんな錯覚を起こしかけたほどの大きなコールだった。
きっと、この「嵐士」コールは客席にいたほとんどの人が叫んでいたのだろう。。。
私はこのコールに、鳥肌が立つほどの感動を覚えた。
「嵐士コール」はメンバーが登場するまでのほんの少しの時間だったが、続いた。。。

私にとってこんなLIVE前の出来事は、これが最初で最後の出来事となった。
〜1993,12,13 live at 宮崎市民会館〜
2000年08月04日 01時32分08秒

私とT−BOLANとの出会い
 初めて彼らの曲を聞いたのは、はるか昔TVから流れてきたドラマの主題歌からだ。
そのドラマは『代表取締役刑事』。そう主題歌は『悲しみが痛いよ』だ。
私はこの曲を聴いたとき、ふしぎな感じを受けた。
 それから後、彼らの曲にふれたのが『離したくはない』。この時はドラマを見たかったのと、主題歌がB’zだったと言うことで見始めた。
挿入歌だった『離したくはない』はドラマのなかでも、とてもいいシーンによく使われた。

そんなある日、音楽雑誌で “T−BOLAN初ライブ” という文字を目にした。
私は「生で彼らの曲を聴いてみたい!『悲しみが痛いよ』を生で聴きたい!!」と思っていたので、すでにSOLD OUTだったチケットだったが、友人に無理を言い、頼み込んでチケットを手に入れた。しかも関係者のチケットを…。
LIVE当日は、もちろん彼らのLIVEを見ようと集まっていた人たちの熱気であふれていた…。
曲数にすると少なかったが、それ以上に彼らのパワーを間近でうけた私は、この日をさかいにはまっていったのだった。。。
この日のLIVEでは「新曲です!」といって『サヨナラから始めよう』を2度も披露してくれた。
私にとっては忘れることの出来ない初ライブだった。そして翌日、FCに入会するために手続きをしたのは言うまでもないことだろう(笑)
〜1992,4,28 live at 心斎橋クラブクアトロ〜
2000年07月28日 00時29分19秒

今、嵐士は…
どうやら「部屋にこもって創作活動中だ…」といった話を聞いた。
でもこれが本当のことか、嘘なのかはわからない。。。
ただ言えるのは、ソロで出てきたとき答えとなってわかるのだと思う。
それまで待ってみようかな…。
だって活動再開すると思って、今まで待っていられたんだよ。だったら、まだ待てるでしょう?
2000年07月11日 00時27分02秒

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