![]()
991107

プライベート・ライアン(SAVING PRIVATE RYAN)
1998年/アメリカ映画/2時間50分
【キャスト】
トム・ハンクス
マット・デイモン
【スタッフ】
監督 : スティーブン・スピルバーグ
![]()
![]()
↑上の評価フェイスが示すように、なんだかわけわかんなくなって、整理するのに時間がかかっちゃいました。
で、この映画をどう観るか。ポイントとしては、3つあるのか?と思ったりします。
1. 戦争のリアルさを極限まで再現することで、戦争の悲惨さ・痛ましさ、愚かしさ・理不尽さを実感させる。
2. トム・ハンクスの姿を通して、異常な、緊迫した状況に置かれてもなお、生きる意味、希望を探し求め、葛藤する人間のあり方を描く。
3. マット・デイモンの姿を通して生き残った、あるいは今を生きる人へ、その生き様を問いかける。
で、それぞれについてどうか、というと、(←全部書いてから思ったんだけど、ダラダラ長いんで、最後だけみてもらった方がいいかも。)
1. けっこう内臓ぐちょぐちょシーンがリアルといった見方がされたりしてそれはそれでその通りなんですけど、ちぎれた自分の腕を持ち帰ろうしたり、銃弾から自分の頭を守ってくれたヘルメットを脱いでしげしげ感心している間に、次の銃弾に頭を射抜かれる兵士や、あるいは、狙撃に懸命で戦車に狙われていることに気づかず、戦車に撃たれる瞬間、味方の兵士に「伏せろ!」と叫ぶ狙撃兵などの描写。薬夾の乾いた音や銃弾が耳元をかすめる音。戦車が迫り来る地響き。くぐもった色調。不安定な視点。そういった細かなリアルを丹念に積み重ねて、単にみせる映画ではなく、実感させる映画として、傑作だと思います。(ちょっと「?」というシーンはあるとしても)
2. 不条理な戦いや、多くの部下を死なせたことを、頭では仕方ないと割り切りながらも、常に右手はふるえ、部下の前では屹然としながらも、ひとり、嗚咽する。最初の上陸シーンで、あまりの惨状に音が消え失せ愕然とする。あるいは最後の戦闘シーンで、戦車の砲弾を間近に受け、聴力が麻痺しながらも、任務を遂行しようとする。皮肉な運命の死に直面しながら「生きろ」と思いを託す。
ここでもすばらしい演出とすばらしい演技で、ひとりの人間ドラマとして、傑作だと思います。
3. 戦場での「ライアン」は、彼を捜す兵士達にとっては不条理の象徴(8人の兵士を犠牲にしてまで救う価値があるのか)あるいは希望(探し当て本国に送り返すことで、この戦争の中での自分の意味を見つけられる)。それらは1. と2.をより鮮明に描き出すための触媒としてうまい設定だと思いました。
また、戦場での「ライアン」本人は、最後に発見され、ひとつの戦闘をともに戦い、トム・ハンクスの死を見守る。多くの犠牲の上に自分が今生きていることを実感し、「生きろ」という思いを託される。戦場での「ライアン」を通して観る側にメッセージを伝える、この「戦場」での部分は非常に納得がいきました。ただ、前後の墓参りのシーンが、すっっっっっっごく、きらい。
まず、「だまされた」と思ってしまった演出。
墓参りに訪れたじいさんの目にズーム・アップし、その目にトム・ハンクスの目がかぶっていきつつ、戦場シーンへ、っていうこの演出。歴史的知識や年齢逆算計算で、このじいさんが誰なのかはわかるぜ、といわれればそうかもしれないんですが、ここで完全に「墓参りじいさん=トム・ハンクス」と思い込んでみてたので、最後に死んじゃったときにはすごくびっくりし、「だまされた」と思いました。映画表現のお約束を逆手にとって、新鮮な驚きを与えてくれる映画もあるんですが、この場合はちょっと反則。「信頼していたのにだまされた」=「映画のおもしろさ半減」と、感じてしまいました。
まあ、上のは仕方がないとしても、もひとつ、現代の「ライアン」のなさけない姿。
墓参り中、息子や孫たちはライアンに全然話しかけず、遠巻きに見てるだけ。いかにも「このじじぃ、一体何をのこのこ墓参り。こんなのに付き合ってられんぞ。」という風情。おまけにばあさんに訊く。「私はちゃんと生きてきたんかいな。」くぅ〜〜〜、なさけない。
トム・ハンクスが思いがけず死んじゃって悲しいのに、死ぬ間際に精一杯のメッセージを託したのに、馬鹿息子や馬鹿孫に距離をおかれて、自分が精一杯生きてきたのかもわからず墓参りになんか来やがって!
「タイタニック」のように、故人をいつも忘れず素敵に生きたわけでも、「シンドラーのリスト」のように、夫婦で手を取り合って、多くの生き残った仲間と墓参りに訪れるわけでもないこの結末。それこそが「現実」であり観ている人に問いかけることになる、という意図かもしれませんが、はっきり言って大嫌い。
ということで、要するに、真ん中の戦場部分の物語、だけの映画なら、傑作。前後の墓参りシーンこみだと、大嫌いな映画。ということになります。
長過ぎ。
| CONTENTS |