mosriteの世界へようこそ

1960年代中頃、エレキギターのロールスロイスと称された"mosrite"と、史上最高のエレキ・インストバンドである"THE VENTURES"の組み合わせが、日本全国に強烈なエレキ旋風を引起こしました。
当時中学生や高校生だったエレキ少年達が、現在ようやく憧れの"mosrite"を手に入れて、"THE VENTURES"のコピーを楽しんでいます。
当時の"グヤトーン"や"テスコ"のエレキ、そして"ジャパン・モズライト"では出せなかった、本物の"mosrite sound"です。
昨年4月に行われた自主コンサートの模様を中心に、30年前のエレキ少年に戻ってしまったおじさん達を紹介していきます。

1999年7月4日に第4回目の自主開催コンサートを行いました。

*1965年1月の来日公演で使用されたのと同系統の"mosrite"

*1965年1月の来日公演を再現

*1965年7月の来日公演で使用されたのと同系統の"mosrite"

*1965年7月の来日公演を再現

*1966年3月の来日公演で使用されたのと同系統の"mosrite"

*1966年3月の来日公演を再現

"mosrite"とは?

"mosrite"とはセミー・モズレーとレイ・ボートライトによって1950年代前半から作られていたエレキ・ギターです。
1960年代初め、"エレキの王様"ノーキー・エドワーズとの出会いによって生まれた"THE VENTURES model"はその最高傑作です。
その一番最初のモデルである63年型の特長は、セットネック構造でボディの周りにセル・バインディングが入っている事です。
ジャックはサイドにあり、俗にサイド・ジャックと呼ばれています。
ネックは極端に細く薄く、フレットも細く低い物がセットされています。
"THE VENTURES model"のロゴは大きな物で、ヘッドはバースト仕上げです。
0フレットが存在し、ナットは半筒形の物が使われています。
トレモロユニットはヴァイブラミュートと呼ばれるタイプで、極初期の物にはその名の通りブリッジにミュート機構が存在します。
約200本が製作され、現存するのは60本程度と思われます。
1965年1月の来日公演で使用されたのはこのタイプです。
64年になるとジャックがピックガード上に移動します。
俗にトップ・ジャックと呼ばれています。
ボディの周りのセル・バインディングが無くなり、ネックのジョイント方式がデタッチャブル(ボルト・オン)に変わります。
ネックとボディはスクリューで直に固定されています。
スクリューの頭はプレートでカバーされており、俗にカバードと呼ばれています。
極少数ですが、ボディの周りにバインディングが入っていて、トップ・ジャック、カバードと、63年型と64年型の特長を併せ持ったギターが存在します。
64年中期より、"THE VENTURES model"のロゴは小さい物になります。
さらに64年後期にはピックアップもより強力なタイプになります。
1965年夏の来日公演で使用され、"エレキの若大将"加山雄三氏に贈られたのはこのタイプです。
65年にはネックのジョイント方式が極普通のネックプレート式になります。
ピックアップには"mosrite of california"の刻印が入ります。
日本に正式に輸入されたのはこのタイプからです。
銀座の山野楽器に入荷した第一号は、"エレキの神様"寺内タケシ氏が購入したとされています。
また、65年後期よりトレモロユニットがモズレーに変わり、ボリュームとトーンのノブもハット・タイプに変わります。
さらに、ネックも1ピースから2ピースへと変更されます。
この時期の"mosrite"は仕様がかなりまちまちで、残っていたパーツとその時点での最新のボディ、ネックが複雑に組み合わされています。
66年になると、トラスロッドの調整方式がボディ側からヘッド側に変更され、ヘッドにアジャスト・カバーが付きました。
67年には"THE VENTURES model"のロゴが消え、60年代における"mosrite"の"THE VENTURES model"の歴史は終わります。
ここまでが俗にヴィンテージと呼ばれている"mosrite"です。
セミー・モズレー亡き現在も、"mosrite"は彼の遺志を引き継ぐ人達によって
"復刻版"として作り続けられています。

いろいろな"mosrite"

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