「アメリカン・ヒストリーX」  
American History X(’98年米)

監督、撮影監督:トニー・ケイ
製作:ジョン・モリッシー
脚本、共同製作:デビッド・マッケンナ
製作総指揮:ローレンス・ターマン、スティーブ・ティッシュ、キアリー・ピーク、ビル・カラーロ
編集:アラン・ハイム、ジェリー・グリーンバーグ
プロダクション・デザイン:ジョン・ケイリー・スティール
衣裳デザイン:ダグラス・ホール
音楽:アン・ダドリー
出演:エドワード・ノートン エドワード・ファーロング ビバリー・ダンジェロ ジェニファー・リーン タラ・ブランチャード ウィリアム・ラス イーサン・サブリー フェルザ・バルク エイブリー・ブルックス エリオット・グールド ステイシー・キーチ ガイ・トリー

2000年3月1日@シネスイッチ札幌
 ネオナチの兄デレク(エドワード・ノートン)を尊敬するダニー(エドワード・ファーロング)は国語のレポートで「我が闘争」を選び、校長に呼び出される。学校に残ることを引き替えに校長が提示した条件はデレクが黒人二人を殺すに至った理由をまとめたレポート「アメリカン・ヒストリーX」の提出だった。

 私はこの映画の全てを語るにしてはあまりにアメリカのことを知らなさすぎた。黒人と白人がラブシーンを演じているのも、スポーツ界において様々な人種が協力してチームプレイをこなしているのもたった数十年前からの出来事だということを忘れかけていた。何千、何万年と続いてきた人種差別の歴史を2,3回世代交代を繰り返したからといって終わらせるのは所詮無理なのだろうか。この映画には恐らく実際に住んでみなければ分からないアメリカの真実があるのだろう。血なまぐさい人種間の闘争、銃社会、貧困・・・。この映画を観て私のアメリカに対するイメージは少し変わった。テレビのニュースや新聞による真実の報道よりフィクションであるこの作品が圧倒的なリアリティーで迫ってきたことは自身驚きであったし、作品としてのクオリティーの高さを十分に感じさせるものだったと言えるのではないだろうか。物語にミステリアスな展開を持たせることで全体がギュッと締まった印象がある。

 物語は過去はモノクロ、現在はカラーと使い分けながらダニーのレポート(回想)と同時に進行する。ダニーは語り部であり、物語の主人公である兄を追体験する。ダニーは一人の人格というよりデレクの数年前の分身として描かれている。デレクが必死になってダニーを救おうとするのは自分の人生をやり直すためでもあるのだ。それは丁度ダニーがデレクが父から人種差別的偏見を受け継いだ年齢に近かったこともあるのかもしれない。それだけに衝撃的なラストシーンはあまりにも哀しく、やるせない気持ちにさせられる。「アメリカン・ヒストリーX」と題された十字架を背負ったのは何もしていない彼だったのは象徴的だ。数回挿入される美しい波打ち際は観るものに様々な憶測を呼び起こさせる。時にどす黒く、時に青く、時に夕焼けに染まって赤くなる海は太陽(畏怖の対象=父親、兄、教師・・・etc)の重要性を暗示しているようだ。また、規則的に往復を繰り返すさざ波に美しさを感じることは様式美を基調とするナチズム崇拝に全く無関係ではないのかも知れないという気味の悪さを感じる。

 エドワード・ノートンは見事に一人の人間に三つの人格を宿らせることに成功した。一つはスキンヘッドになる前のスポーツ青年、一つは人種差別主義者、そして刑務所を出所して更正した男。若い自我がいかに影響を受けやすく、暴走する危険性をはらんでいるか、同時に更正する柔軟性を秘めているかを考えさせる名演である。また、トニー・ケイは信じられないことにこれが初監督作品である。彼は撮影監督も兼任しているが作中に漂う不気味な緊張感はまるで通り魔の出没する街灯のない夜道を歩いているようだ。

 ここからは個人的な趣味に走りますが校長役として「スター・トレックDS9」のシスコ大佐ことエイブリー・ブルックスが「ビック・ヒット」に続いて登場。これだけかと思いきや「スター・トレック ヴォイジャー」のケスことジェニファー・リーンまで出演していてこれまた点数アップに貢献しております。ただ、ジェニファー・リーンは容姿が全然違っていてパンフを見るまで気がつかなかったりして・・・。   

 

残酷性
メッセージ性
撮影
演技

総合:98

つ て な に ぬ ね の