「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」
HILARY AND JACKIE(’98年・英)

監督:アナンド・タッカー
製作総指揮:ガイ・イースト ナイジェル・シンクレア ルース・ジャクソン
製作:ニコラス・ケント アンドリュー・ペーターソン
撮影:デビッド・ジョンソン
脚本:フランク・コトレル・ボイス
編集:マーティン・ウォルシュ
美術:アリス・ノーミントン
音楽:バリントン・フェロング
キャスティング:シモーヌ・アイルランド ヴァネッサ・ペレイラ
録音技術:デビッド・クローガー
衣装:サンディ・パウエル
原作:ヒラリー・デュプレ&ピエール・デュプレ共著『風のジャクリーヌ』ショパン社刊
出演:エミリー・ワトソン レイチェル・グリフィス ジェイムズ・フレイン デビッド・モリシー チャールズ・ダンス セリア・イムリー ルペルト・ベニー・ジョーンズ ビル・ペーターソン オーリオル・エヴァンス キーリー・フランダース ニール・ボーン・ポーター

2000年3月14日@P.U.シネマ11
 天才チェリストとして名声を得たが1987年10月19日、享年42歳にしてこの世を去ったジャクリーヌ・デュ・プレ。この映画は彼女の姉ヒラリーと弟ピエール・デュ・プレ原作による実話に基づいたものである。

 観客数は自分も含めてわずか二人。実に寂しい。本当に良くできた秀作映画だと思うんだけど・・・。主題になっているのはズバリ「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」ではなく、原題の「Hilary and Jackie」である。共にチェロとフルートという楽器の違いはあれど音楽家として天才の妹と凡人の姉。姉ヒラリーの方に才能があった少女時代、妹ジャッキーが才能を開花させてデビューし絶頂に至る円熟期、そして絶頂期にあったジャッキーが多発性硬化症になり闘病生活を余儀なくされる晩年を描いた力作だ。この映画は天才の苦悩と狂気を描いたピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの伝記的映画「シャイン」を彷彿とさせるが映画的な愉しさはむしろ「アマデウス」に近いものがあるのではないかと思う。

 物語の構成が非常に面白い。一つの視点から二人の姉妹を見た少女時代は一見幸福感に溢れているものの二人の間には幼いながらにも明かなライバル意識が見て取れ、この姉妹愛とお互いに対する嫉妬という対立関係は成長してからも続いていく。そして"Hilary"、"Jackie"の二人の視点を順に見せる中盤は(これは原作にあるのか脚本家の仕事なのか分からないが)ヒラリーが求婚された夜の同じ会話を微妙に擦れ違わせるという想像力豊かな展開を見せる。「洗濯物」をキーにしたエピソードには伏線の妙に感心し、同時に遠く言葉の通じない異国で独りぼっちになったジャッキーの様々な想いが絡み合って思わず泣けてくる。二人の少女が浜辺で戯れるシーンはこの上なく美しく、詩的で情感のこもった名場面と言えるだろう。病床に伏したジャッキーの「イメージ」がそこにある。ところでこの少女達の衣装が実に可愛らしいのだがサンディ・パウエルと知って納得。

 人間ドラマとしても素晴らしい映画だがやはり見所はジャッキー本人の演奏を使ったエルガーのチェロ協奏曲のコンサート・シーンだろう。本人が最も得意としたというエルガーはエミリー・ワトソンの演技力も手伝って物凄い迫力で鳥肌が立つ。この映画はビデオで観て満足する映画ではない。オーケストラの迫力は是非映画館で味わっていただきたい。

 原作の暴露本「風のジャクリーヌ」については出版に際しかなりの物議を醸したらしい。ジャッキーに近かった音楽家達は「映画や本でのジャッキーは我々の知っている彼女とは異なる」と抗議運動を起こした。姉ヒラリーの裏切り行為というわけだ。真相は知りようもないが、どちらにしてもこの映画に際してヒラリーは自分の恥部もさらけ出しているわけで彼女だけを責めるのはどうかと思う。私のように初めてジャッキーを知るきっかけになった人も多いだろうから必ずしもマイナスの面だけ強調されるのは他人事ながら胸が痛む。ジャッキーが愛用したダヴィドフ・ストラディバリウスは現在ヨーヨー・マの手にあるそうだ。300年を生きるこのチェロが夜な夜な鳴き出すところはまるで「レッド・ヴァイオリン」のようだったが、ジャッキーとチェロという楽器の運命的な結びつきを感じた。この映画でエミリー・ワトソンはアカデミー主演女優賞、レイチェル・グリフィスは助演女優賞にノミネートされた。

感動
音楽
衣装
脚本

総合:92

つ て な に ぬ ね の