環境問題

 最初に申し上げたいのは,日本国全体,政財官だけでなく一般市民(=消費者)も,環境に対してもっと多面的な見方ができないものかということである。よく言われるのは生態系や食物連鎖の崩壊であるが,こんな学者の理論を振り回してみても,銭の亡者は聞く耳持たぬ。例えばTKという著名評論家だ。政治・経済・外交・防衛等,幅広い分野にわたってしたり顔でマスメディアを通じて述べているが,環境に関する配慮は全くない。確かに彼の言う通りにすれば日本経済は立ち直れるかも知れないが,環境破壊滅的な打撃を受けるだろう。
 企業人の中には,環境への配慮=不要な設備投資→利潤の減少,と考えている人は少なくない。むしろこういう考え方が大勢を占めるだろうが,果たしてそうだろうか。日本最初の公害,水俣病を例に挙げて考えることにする。
 水俣病の原因がチッソ水俣工場が海に排出した有機水銀であることは,今では周知の事実である。最初から廃水処理をすれば問題はなかったのだが,有機水銀の毒性等に関して知識や情報が当時なかったのなら仕方がない。住民の症状が水銀中毒ではないかと疑問視され始めた頃から手を打てば,被害者の数も極力抑えられたのだが,政財官そろって正反対のことをしてしまった。
 企業(=チッソ)は,社内の医師が水俣病の原因は水銀中毒であるとの確信を持った時点でさえ,公表せず隠し通そうとした。また,この情報を得た被害者に対しては総会屋(=暴力団)を使って力で押さえようとした。
 行政(=水俣市)は,市の財源をほとんどチッソに頼っていたものだから,これも企業側に立った。
 厚生省の担当者(=官僚)は,科学的根拠がないとして水俣病と有機水銀との因果関係を否定した。後にこの人物は,非核関係の施設の所長になったらしい。
 これらの行為によって被害者は健康だけでなく,生活・人権(=奇病ということで差別された)までも脅かされたのだ。
 本項の目的は水俣病の責任者を糾弾することではないのでこの辺で止すとするが,財から政官になにがしかの利益供与があったと思われても不自然ではなかろう。

 チッソはこの事件によってどれだけの賠償責任を負わなければならなかったか。

これらが何十年も続いている。責任は国にも(公務員の責任は雇い主の責任=公務員自身は職務上どんな間違いをしても賠償責任を問われない)ある。その賠償は何から払われるのか。もちろん税金である。
 このように,一時の利益に目がくらみ,その結果がこのありさまではお粗末としか言いようがない。ミドリ十字による薬害エイズ事件にしても同じ。例を挙げるのもばかばかしいので書くのはやめるが,誰も得をした者(強いて言えば便宜を図った当時の権力者)がおらず失った者ばかり(いちばんは被害者でっせ)。

 こんな事を繰り返さないためにも,環境について考えましょう。ブームに乗ってアホな消費者がとびつくと期待してエコマークなんて付けるのはやめませんか。あんな事考える通産省(?)もアホやけど,インクの無駄遣,環境に悪いんとちゃうか?