『ベサメムーチョの月』第1話
ゲゼオは、煙草にゆっくりと火をつけた。
流れる煙の向こうに、たった今降りたばかりの電車が走り去るのが見える。
それがトンネルの中へ消えたころ、ゲゼオは鞄を持ち上げた。
ホームには、潮の香がただよっている。それほど、海まで遠くはないのだろう。よく手入れの行き届いた花壇と、初老の駅員ひとりぼっちの駅。
ゲゼオは、ため息をつき、改札を抜けた。
午後1時少し前だ。
小さな待ち合い室で、缶コーヒーを飲みながら、ゲゼオは待つことにした。
今はただ待つしかないのだ。
ゲゼオはとうに読み終わった週刊誌を何度も読み返していた。いや、読むというよりも、むしろただページをめくる作業をくり返しているといった方が正しいのかも知れない。
待ち合い室には、ストーブの上のヤカンがたてる音と、ページがめくられる音、そして時折聞こえる駅員の咳だけが聞こえてくるだけだ。
ふと時計に目を向けると、午後4時をまわっていた。
窓の外は、暗くなりはじめたようだが、雪のせいで、いくぶん明るく見えている。
ゲゼオが鞄を枕にして、ベンチに横になろうとした時、外に車の停まる音がした。
ゲゼオが注意深く窓の外に目を向けると、この風景には不釣り合いな派手な服を着た女が車から降りてくるところだった。
「さて・・・」
ゲゼオは鞄を抱えて、外へでた。
「ひさしぶりだね。トン子ちゃん。」
「ひさしぶり。ズギム君・・・」
(マツゾー)