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ME super の変遷について
1979年12月にMEの後継として発売されたME superは、その製造終了まで外見の変更は行われなかっ たものの、内部機構に幾つかの変更が加えられました。大きくは、前期と後期に区別することができますが、それぞれの中でも細かな変更が行われたことが、実際にこの手で多くの故障個体を分解修理したことにより知ることができました。
まず、前期と後期の大きな違いですが、ファインダー内部のLED表示が、その輝度と輝点の大きさが異なっていることです。前期は輝度が低く、輝点も小さくなっており、後期は輝度が高く、輝点が大きいことですぐにわかります。
次に大きな違いは、シャッタースピードを選択する二つのボタンの内部スイッチの構造が、前期のものは燐青銅板バネであったものが、後期ではゴム製ドームの頂部に炭素を鋳込んだ、パソコンの安物キーボード内部のような構造になったことです。このため、前期型では燐青銅の表面が錆ることに よって導通不良が生じ易いのです。
発売時より前に製造されたもの (発売に向けての作り溜め…フレームとミラーボックスに製造?日付印があるのでそれとわかる。)の中には、電子基板が前期型の標準的なものと異なっているものがあり、それも、配線の取り回しを含めて幾つかのバリエーションが存在します。初期において 、電装品のブラッシュ・アップが続いていたことが窺えるものです。
セイコー製のシャッターユニットにしても、基板部の形状がME時代と同様なものが使われているものが最初期の品に見られます。製造のための合理化、収益を高めるためのコストダウンの努力が続けられていたことが良く分かります。
後期型の中での大きな変更点は、前部端子盤の形状変更です。ME-Fと同様な大型形状にすることによって配線組立のやり易さを目指していて、これが最晩期のものです。 配線組立がやり易くはなりましたが 、配線の順もそれ以前とは異なっていますから、分解整備のときは注意が必要です。最初期のものも、軍艦部との接触三本端子の形状がその後のものとは異なっています。
配線と言えば、最初期に変更されたものに底蓋内部にあるワインダー端子への配線があります。インターネットで入手可能な英文のサービスマニュアル には最初期の配線が記載されていて、それは青と緑の配線がその後のものとは逆ですから、組み立てには注意が必要です。 もっとも、どちらでも機能に差が出ると言うわけでもありませんが…
ASA設定用の可変抵抗ユニットの形状も幾種類かありますが、これは部品調達先の違いかもしれません。 MEの初期のものは連続可変ではなく、絞り用のような段階可変抵抗ユニットが使われていましたが…
その他にも、バネやネジ頭の形状、これらの表面仕上げの変更も行われており、リンク・カム類にしても、クロームメッキだったものを黒色皮膜仕上げにしたりして、各所にコストダウンの動きが見て取れます。もっとも、ME-Fとの共用の関係か、最晩期になると 、クロームメッキがまた増えますが…
グッタペルカ、化粧革張りの貼り方も、初期のものは接着剤を使用したものでしたが、その後 、両面接着テープ貼りになっています。
メインフレームも何種類かの金型が使われており、刻印の形式も幾つかあります。製造日付の押印も何種類かありますから、組立工場か組立ラインが複数であったことが推定できます。
旭光学ペンタックスの場合、製品に付けられているID番号は統一性が乏しく、数字の多寡で判断できないところがあります。 前期型は 8とか19、そして20台前半で始まるのに対して、後期型は20台後半から始まっているものが多いようですが、亭主の手元には34で始まるものもあります。これが最晩期の製造だろうと思うのですが、99で始まるものもあったり、16で始まる前期型など、一定の法則性があるのか悩むところです…
裏蓋はMEシリーズからAシリーズまで互換性があるので、 以前の所有者によって交換されたりして、オリジナルなものかどうか判断がつかないものです。
底蓋も、ME、MV1、MEsuperとは互換性がありますから、ID番号の変なものは、二個一改造されている可能性もあります。 亭主が入手した 99で始まる銀や12で始まる黒は、電池蓋の穴が2個ですから、MEのものを二個一改造した可能性が極めて高いと思っています。MV 1やME superになってからは、電池蓋の穴は真ん中に1個だけになりましたが、ME時代には、溝の両端に穴が開いていました。
前期型から後期型に変わった時期は、亭主の扱った個体から分析する限りでは、1980年12月ごろのようです。 後期型の中でも 、前部端子盤がME-Fのような大型のものになったのがME-Fの発売される少し前の1981年の中ごろ、後期型の製造が終了した時期は1982年8月頃が有力です。亭主の所有するものでは、昭和57年7月26日の日付があります。 つまり、ME superは、2年半と少し製造されたことになりますが、その間にどれくらい製造されたのか、ID番号からは判断できていません。もし7桁すべてが数量を表すのだとすると、200万台以上ということになりますが… ペンタックスの社史によると、1981年に一眼レフの製造累計が1,000万台を突破したとありますから、 この200万台というのは妥当な数なのかもしれません…
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